神殺しのクロノスタシスⅢ
「…分かったよ」

リリスは、涙を拭って頷いた。

「もう止めない。ナジュ君の意思に任せるよ」

「リリス…ありがとうございます」

「でも…きっと楽じゃないよ。あの人達はナジュ君を覚えてるけど、ナジュ君はあの人達のことを覚えてない」

「…」

そうだ。

僕が目を覚ましたとしても、そのとき僕はきっと、彼らの知る僕じゃない。

僕もまた、彼らを知らない。

僕の記憶がないと知るや、あっさりと僕を見捨てるかもしれない。

その覚悟はある。  

それでも…。

「…大丈夫。行きます」

「…そう、分かった」

例え、役立たずと見捨てられたとしても。

僕にはリリスがいる。リリスがいてくれるなら、僕に恐れるものはない。

「…私はむしろ、あの人達がナジュ君の記憶喪失を知って、ナジュ君を見捨てるなら、その方が良いと思ってる」

「え」

「だって、そうしたらナジュ君は、あの人達に利用されずに済むもの…」

「…」

「…帰りたいなら、帰って良い。でも、約束して欲しいことがあるの。二つだけ」

約束して欲しいこと?

「何ですか?」

好きな女の子の頼みだ。
 
男として、聞いてあげられるものなら何でも聞く所存だが。

「一つ、もう絶対無理しないで。こんなこと…ナジュ君を失うんじゃないかなんて、こんな思いをするのは二度と嫌だから」

「はい…。分かりました」

記憶がないから、自分がどんな無理をしたのか覚えてない。

「本当に分かった?絶対駄目だからね。今度無理したら…もうナジュ君のこと、嫌いになっちゃうから」

嘘だろ。おい。

「それは嫌。それだけは勘弁してくださいお願いしますから」

リリスに嫌われたら、僕はどうすれば良いのだ。

土下座でも何でもするから、それだけは勘弁を。

「じゃあ、約束を守って。もう無理しないって」

「分かりました…」

肝に銘じる。

無理しない。無理しないね、分かった。

「それで…もう一つの約束と言うのは…?」

「…私を一人ぼっちにしないで。何処に行っても良いから、必ず戻ってきて」

「…」

…それは。

「それも、守れなかったら…ナジュ君のこと、嫌いになっちゃうんだからね」

「…それは…わざわざ約束しなくても大丈夫ですよ」

お互い様、って奴だから。

「…僕も、あなたのところに戻れない人生に、意味なんてありませんから」

何故だろう。

今、何かをふと思い出した気がする。

僕はリリスに会う為に、その為にずっと…。

…。

…何、してたんだっけ?
 
駄目だ。やっぱり思い出せない。  

あの人達は、僕を待ってくれているであろうあの人達は、僕の過去に何があったか、知っているだろうか?

「必ず守ります」
 
「本当に?約束だからね」 

「僕、男の子ですから…。女の子との約束は、ちゃんと守りますよ」

「…それなら、宜しい」

はい。

「…きっと、戻っても、楽な世界じゃないよ」

「…そうでしょうね」

「思い出したくない記憶が、たくさんあるよ」

「えぇ」

「本当に君のこと待っててくれるのかも、分からないよ」

「分かんないですね。確かに」

「…それでも、君は行くんだね?」

「…はい」

その先が闇だろうと、光だろうと。

進んでみなければ、どちらなのか、はたまたどちらでもないのか、分からない。

だから僕は、歩き出す。

未知の世界へと。

「…分かった。行ってらっしゃい、ナジュ君」

「行ってきます、リリス」

必ず、また戻ってくるから。

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