神殺しのクロノスタシスⅢ
あのな、お前ら。  

俺達だって、それは内心思ってて。

でも、医療チームが頑張ってくれてるから、きっと効果があるはずだと信じて。
 
必死に自分達にそう言い聞かせてるってのに。

そういう配慮とか、一切しないなお前達は。

無慈悲にも程がある。
 
「れ、令月君!すぐり君!そんなこと言っちゃ駄目だよ。きっと効果があるって信じて…」

クュルナが気を悪くしてはならないと、慌ててシルナが止めに入るも。

クュルナは、そのくらいのことでは動じなかった。

「分かってます。治療を始める前から、それは考えてましたから」

…ごめんな、躾がなってなくて。

さすがの器の大きさで助かったよ。ありがとうクュルナ。

「それに、まだ効果がないとは言い切れません。治療を始めて、まだ二週間ですから」

「もう二週間、じゃないの?」

「彼はもう、一ヶ月以上眠り続けてるんです。一朝一夕で目覚めるとは思ってません。最悪、年単位の時間がかかることも視野に入れています」

クュルナは、もっとずっと長い目で見ていた。

年単位、年単位か…。

俺達は、ナジュが倒れてから一ヶ月半、毎日一日千秋の思いで、彼が目覚めるのを待っているが。

実際、植物状態から目覚めた例を考えれば、年単位…何十年単位の時間がかかっても、おかしくはない。
 
しかも、一定量以上の魔力量を誇る俺達魔導師には、寿命の概念がない。

それこそ、何百年、何千年と生きられるのだ。

ナジュが目覚めるのに、何百年、何千年とかかったとしても、おかしくはない。

その前に、俺達の気がおかしくなりそうだがな。

そんな時間がかかったら。
 
ならば、クュルナが言うように、年単位で目覚めてくれれば、まだ御の字と言えるのかもしれない。

…いや。

例え何百年、何千年かかろうとも。

いつか目覚めてくれるのなら、万々歳だ。

何千年かかっても、目を覚まさない可能性だってある訳で…。

…考えたくもないな。そんなことは。

「当座は、このまま治療を続けようと…」

「悠長だね。長く生きてたら、何をするにも何年かけても良い、って発想になるのかな」

「珍しく『八千代』と意見が合ったなー。気持ち悪い」

「…」

…本当に容赦がないな、この子供達は。

「あなた達、言葉が過ぎますよ」

イレースが、顔をしかめて二人を諌めるも。

元暗殺者組、その程度ではちっとも動じない。
 
「だって事実じゃん。君達は何年かけてでも目覚めてくれれば…とか言ってるけど、生徒目線で考えてみなよ。何年も待ってられないよ」

「僕達生徒が学院にいられるのは、たった六年間だけなんだから。それまでずっと、不死身先生はいつ帰ってくるのか、って心配し続けるの?」

「…!」

二人に言われて、気づいた。

…そうか。そうだよな。

俺達は、つい大人の考えで物を言っていたが…。

ナジュの帰りを待っているのは、俺達大人だけじゃない。

イーニシュフェルト魔導学院の生徒達だって、同じように待っているのだ。

そして生徒達は、俺達みたいに悠長に待ってはいられない。

彼らが人生で一度しかない学生生活で、ナジュの授業を受けられるのは…この六年間しかないのだ。

生徒達は、果たして自分達が卒業するまでにナジュが戻ってくるのかと、今か今かと待っているのだ…。

…生徒目線からすれば、そうなるよな。

これは、俺達の考えが甘かった。

「どうする?『八千代』。いっそ毒でも作る?」

「そうだね。僕は毒魔法使えないけど、毒草の調合なら出来るし。僕が死ぬほど苦い毒を作るから、『八千歳』は死ぬほど辛い毒を作ってくれる?」

「よーし、分かった始めよ〜」

「おい待てお前ら」

何を始めようとしてる。

発想がイレースと同じになり始めてるぞ。

ショック療法で無理矢理目覚めさせようとしてやがる。

「だって、もうそうでもしなきゃ起きないよ」

「だからってな、お前ら。そんな荒療治は…」

「そこで私は考えたんだよ。チョコ味じゃなくて、紅茶味のお菓子なら、良い香りがするから起きるんじゃないかって!それで焼き立ての紅茶クッキーを持って、」

「お前も何をやってるんだよ!」

発想が、一ヶ月前から進歩してない。

なんかさっきから、ふんわり良い匂いするなと思ってたら。

シルナは、持参した紙袋から、いそいそと紅茶クッキーを取り出した。

あーめっちゃ良い匂い。

でも違う。そうじゃない。

「さぁナジュ君!美味しいよ!クッキー、ほら!良い匂いだね〜。早く起きないと皆で食べちゃうよ〜」

イレースもクュルナも、シルナを白い目で見ていた。

…あのな。

皆、ナジュに早く目覚めてもらいたい気持ちは一緒だが。

だからって、そんなやり方で目覚めるんなら、もうとっくに起き、

「…え?」





…最初に声をあげたのは、天音だった。

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