神殺しのクロノスタシスⅢ
すぐりさんと一緒に、懐かしの園芸部を訪ねたとき。

ツキナさんは、一人で野菜に水をやっている最中だった。

園芸少女だ。

「こんにちは、ツキナさん」

「ふぁいっ!こんにち…は?」

後ろから声をかけると、ツキナさんはじょうろを手にしたまま、くるりと振り向き。

その姿勢のまま、固まって動かなくなった。

じょうろが傾いて、じょぼじょぼ水が溢れてるけど、全く気づいてない様子。

畑に水溜り出来てますけど、大丈夫ですかね。

「お久し振りですね、ツキナさん。元気でした?」

更に声をかけてみても、ツキナさんは微動だにせず、固まったまま。

…うん。

僕のこと、忘れてしまった訳じゃないよな?

一応心を覗いてみると。

無だった。

彼女は今、何も、何一つ考えていない。

無我の境地に至っている。

なかなかいないよ、そんな人。

「えーっと…。大丈夫ですか?」

「な…ナジュ、先生、ですか?」

あ、口利いた。

「はい、ナジュです。ご無沙汰ですね」

「もっ…戻ってきて、くれたんですか?元気にっ…」

「はい。元気になったので戻ってきました」

本当は、ずっと元気ではあったんだけどね。

僕、病気療養ってことになってたらしい。

それはまぁ仕方ない。読心魔法の暴走で意識飛んで、ついでに記憶も飛んでました、とも言えず。
 
病気だったってことにしておこう。

「う、う…うわぁぁぁぁん!!」

ツキナさんは、目にぶわっ、と涙を浮かべ。

じょうろを投げ飛ばして、こちらに駆け寄ってきた。
 
投げ飛んだじょうろから溢れた水が、すぐりさんの全身に降り掛かっていた。

コントですか?

しかしツキナさんは、部員仲間にじょうろの水ぶち撒けたことにも気づかず。

ゴム手袋をつけたまま、僕にしがみついてきた。

「な、ナジュ先生!私、きゅうり!きゅうりでした!」

そして、この謎発言。

衝撃の新事実、ツキナ・クロストレイはきゅうりだった。

「きゅうり頑張って!育てて!とうっ…とうもろこしも!ナジュ先生、食べようと思ってとうもろこしを!」

言いたいことは何となく分かるが。

それだと、僕がとうもろこしに食べられるみたいになってる。

あと、すぐりさん。

肩から水をポタポタ流しながら、僕を睨むのやめてくれませんか。

そりゃ、好きな女の子が別の男にハグしてたら、男としては面白くないでしょうけど。

心配しなくても、僕はツキナさんのこと、ただの生徒であって、恋愛対象ではないので。

僕の恋愛対象は、あくまでリリス一人だけなので。

はい。

「ナジュ先生と、とうもろこしが、食べられるんです〜っ!!」

「はいはい…。僕は食べられたくないですけどね…」

「うぇぇぇぇん戻ってきてくれて良かったぁぁぁ!」

感動的と呼ぶには、あまりにコント寄りな再会で。

おまけにすぐりさん、とばっちりでびしょ濡れだけど。

喜んでくれていることだけは、充分伝わってきた。
< 307 / 822 >

この作品をシェア

pagetop