神殺しのクロノスタシスⅢ
その、あまりの剣幕に。

俺もシルナも、声が出なかった。

ナジュは、「あー…」みたいな顔をして。

スッ…と、無言で背を向け。

令月は、怒りのオーラを纏うイレースを一瞥すると。

「…僕、やり残してた課題があったんだったー」

棒読みでそう言って、学院長室の窓からしゅたっ、と飛び降りた。
 
あれは俊敏な令月だから出来るんだ。良い子は真似しちゃ駄目だぞ。

つーか、他の生徒が見たらびっくりするから、令月でもそんなことやるな、と。

普段なら、そう言っていただろうけど。

今は、そんなこと言ってる余裕はなかった。

かつてないほどの怒りのオーラに、シルナはご自慢のアルファフォーレスを床に落とし、ぶるぶると震えていた。 

ルーデュニア聖王国広しと言えど、イーニシュフェルト魔導学院の学院長を、ここまで震え上がらせられる人間は、そう多くない。

あのフユリ・スイレン女王陛下だって、シルナを戦慄させることは出来ないだろう。

しかし今、この瞬間。

シルナは、恥も外聞もなく、ぶるぶると震えていた。
 
イレースの手には、一枚の紙。
 
もう片方の手には、バチバチと火花を散らす杖。

…うん。

これは…あれだな。

シルナ、死んだな。

「…あ、あの、あの、あのねイレースちゃん。ちょ、ちょっとおち、落ち着こう?お茶飲んで。ね?落ち着いて」

「…」

「ね、ゆっくり話し合おう?ほら、座って。ね、ねっ?落ち着いて、杖を収め、」

そのとき。

ずっと黙っていたイレースの口が、開いた。

「…言い残すことは」
 
正しく、地獄の獄吏の声だった。

「それだけですか…?」

「ひっ…」

やっぱ駄目だ。

シルナ、死んだな。

お前のことは…忘れないよ。

と、思ったら。
 
いきなり、イレースの顔がにこりと、笑顔になった。

え?

「い、イレース…ちゃん?」

「ごめんなさい、学院長先生。私、配慮が欠けてましたね」

「…??」

「そう、すぐに怒るのは良くないですよね。こういうことはちゃんと落ち着いて、本人とも話し合わないと」

…どういうことだ?

イレースの中に、そんな慈悲深い心が残っ、 

「私、気づきませんでした。学院長先生は、菓子代を教材費と混同してしまうほどに、認知症が進んでしまったんですね。仕方ありませんね、もうお年ですからね」

…違った。

もっと、ヤバい奴だった。

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