神殺しのクロノスタシスⅢ
「…羽久」

「…何だよ」

「私は悔しい。そして恥ずかしいよ。己の意志薄弱さが、これほどとは思わなかった」

大丈夫だ。

俺も、ここまでとは思ってなかったから。

「生徒には、頑張りましょう、努力して目標を達成しましょうって教えてるのに、私は自分の宣言した目標を、あっという間に駄目にして…」

色々言い訳していたものの、自覚はあったんだ。

「私は自分が情けない。情けないよ羽久」

「うん。俺も情けない奴だと思ってるよ」

「…そこは、ちょっと否定して欲しかったな…」
 
無理。

「とにかく!私はダイエットを続行する!絶対痩せて、スマートな学院長になる!」

「いや、だから無理だろ」

「何で!?生徒達に毎日説いてるんだから、私だって出来るはずだよ!」

何でって、そりゃお前…。

「だって、右手にチョコ持ってんだもん」

「はっ!?」

シルナは、愕然と自分の右手を見つめた。

気づいてなかったのか?

「チューハイの缶を右手に持ったまま、私はもう酒飲みません!って言ってるようなもんだぞ」

「…!!」

説得力皆無だし。

どうせ今すぐ、「このチョコが私を呼んで…」とか言って、それを口に放り込むんだろ?

だから無理だって言ってるんだよ。

「無理だよ、無理。やめとけ。ダイエットなんて、所詮お前には無理なことだったんだよ」

「…!」

「イレースの言う通り。慣れないことはするもんじゃない。今のお前のダイエット管理をしてたら、俺も疲れるばっかりだし。さっさとやめてくれ」

ダイエットするする言いながら、菓子貪ってる姿見ると、イラつきもするだろ。

ならいっそ、ダイエットやめます宣言して、潔く堂々と食べてくれ。

その方が良い。

しかし。

「こ、こんなものが…」

シルナは、右手にチョコレートの粒を握り締め。

つかつかと、窓に歩み寄った。

…?何をやって…。

「贅沢は敵だーっ!!」

「!?」

あろうことか。

シルナは、大好物のはずのチョコレートを、窓の外に向かって放り投げたのだ。

な、何やってるんだ!?

「し、シルナ!?お前…何をトチ狂ったことを!」

「欲しがりません勝つまでは!」

「!?」

更にシルナは、チョコレートが詰まった箱ごと掴み。

それを、備え付けのゴミ箱に叩き込んだ。

「屠れチョコレート!我らの的だ!」

戦時中のスローガンを叫びまくりながら。

「草の根を、噛むとも倒せ、チョコとケーキ!」

隠し持っていたであろう、菓子の山を。

次々と、ゴミのビニール袋に叩き込む。

顔は、みっともないくらいくしゃくしゃに泣きじゃくっていた。

お前…そこまでして。

「私は生徒達に模範を示すんだ!やれば出来るシルナだって分かってもらうんだ!」

「シルナ…」

「デブ学院長なんて呼ばれて、ナジュ君に生徒を取られるなんて嫌だ!羽久にまで見捨てられるのはもっと嫌だ!」

「…」

「鬼畜チョコ菓子を打倒せよ!なんのこれしき!デブシルナを思え!学院長なら贅沢は出来ないはずだ!」

次々と、戦時中のスローガンをもじって叫びながら。

シルナは、部屋の中にある全ての菓子類…秘蔵のチョコレートも含め…を、ゴミ袋に投げ込み。 

最後に、スティックシュガーの大箱を、まとめてゴミ袋に叩き込んでから。

「羽久!」

「な、何?」

「これを…私の目の届かないところに持っていって欲しい!」

「…!」

それは。

学院長シルナ・エインリーが、初めて見せた、

確固たる…決意表明であった。
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