神殺しのクロノスタシスⅢ
放課後。

一番に学院長室にやって来たのは、ナジュであった。

「どうしたんですか?あれ」

入ってくるなり、そう尋ねた。

あれ、とは言うまでもなく。

学院長室の扉に貼り付けた、あの貼り紙である。

ちなみに、あの貼り紙。

コピー機で量産して、各学年の掲示板にも貼っておいた。

こうして、「学院長はダイエット中である」と、全生徒に知らしめようとしているのだ。

「見ての通りだよ。本気でダイエットを決めたんだって」

「へぇ〜…。アホなことやってるんですね…」

おい。

アホとは何だ、アホとは。

シルナも頑張ってるんだぞ。

見てみろ、今のシルナを。

放課後。いつもだったら、日替わりの菓子をボリボリ貪り食ってる時間。

それなのに、今日は。

その、貪り食う菓子さえ、部屋の中にない。

甘いものが何もないという現実から、逃避するように。

シルナは、血眼になって魔導書を読み耽っていた。

王立図書館で、レティシアに勧められた新作の魔導書である。

ああやって、読書に集中することによって。

必死に、食欲ならぬ、お菓子欲に抗っているのだ。

あれがシルナなりの、ダイエット作戦なんだよ。

読書に集中することで、お菓子欲を誤魔化す。

ただし。

「チョコフロマージュシフォンケーキクッキーサブレパフェフォンダンショコラショートケーキドーナツパリブレスト…」

全く、読書には集中していないと思われる。

思いつく限りの食べたい菓子の名前を、延々ボソボソ呟き続けてる。

「凄いですね。心の中、『甘いものが食べたい』でいっぱいですよ。本の内容、全然読んでない」

シルナの心を読んだナジュが、ポツリと言った。

…やっぱりそうなんだ。

そうじゃないかなーとは思ってたけど。

やっぱりそうだった。

ごめんな、レティシア。

折角、本、勧めてくれたのに。

こいつ、全然読んでねぇ。

シルナの中では、菓子>本なんだな。

それでもまぁ、必死に頑張ってるんだよ。あれで。

生暖かく見守ってやってくれ。

「あいつも本気なんだよ。お前に生徒を取られるのが、余程嫌なんだってさ」

「ふーん…。まぁ、好きにしたら良いですけど」

ナジュは、少しも動じることなく。

むしろ、王者の余裕を見せつけ。

「いつまで続くか知りませんが、まぁ頑張ってくださいね。じゃ、僕は稽古場で生徒の練習に付き合ってきま〜す」

「おぉ…。行って来い」

お前もお前で、自分の株を上げるのに余念がないな。

ちゃっかりした奴だよ。相変わらず。
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