神殺しのクロノスタシスⅢ
――――――…と、いう経緯で、この二人が学院長室にやって来たことを、俺は知らない。

俺が知っているのは、シルナが10日間に及ぶ禁菓子のせいで、精神が侵されてしまったことと。

「はうぁ〜。美味しい!美味しいよこれ!この世にこんなに美味しいものがあったなんて〜」

久々に食べた板チョコの味に、シルナが涙していることである。

そして。

「全く…。ナジュさんといえ、学院長先生といえ、どうしてこう極端なのかな」

「…悪かったよ、天音」

あの後。

窓から飛び降りようとするシルナを止め、俺達はシルナを、医務室に運び込んだ。

事情をざっくり説明すると。

名医天音は、シルナに薬代わりの板チョコを渡した。

その瞬間、ぼんやりとしていたシルナの目に、生気が宿り。

こうして、バクバクと板チョコを食べていた。

涙を流しながら。

まさに、ギブミーチョコレート状態。

更に。

「学院長先生!これ、私達の畑で採れたきゅうりの一本漬けです!良かったらどうぞ」

「ありがとう!」

ツキナという女子生徒が、自家製きゅうりの一本漬けを渡すと。

シルナは、それをぽりぽり食べながら。

「美味しいですか?美味しいですか?」

「うん!チョコバナナみたいな味がして、凄く美味しいよ」

「良かった〜!それ、すぐり君と一緒に作ったきゅうりなんですよ〜」

何だ。この噛み合わない会話。

全然甘くないはずのきゅうりの一本漬けを、チョコバナナ味に感じているとは。

完全に、舌が甘味に飢えている。

そしてツキナよ。

お前は、チョコバナナみたいな味と言われて、それで満足なのか。

分からん。もう分からん奴が多過ぎる。

「ダイエットっていうのはね、いきなりガクンと減らしちゃ駄目。少しずつ減らさなきゃ」

と、ご忠告する天音。

「あるいは、休みの日を挟むとかね。この日だけは食べても良い、とか。一日これだけは食べても良い、とか。いきなりきっぱり断ち切ったら、そりゃ辛いに決まってるでしょ」

呆れたようにそう言われ、俺も反省した。

いつの間にか、何でも過激に強行するイレース脳になってた。

心を鬼にして、と思っていたけど。

鬼にし過ぎて、潰してしまったら意味がない。

「…本当に悪かったよ、天音…」

「全く…。極端な人が多いんだから。本当に飛び降りてたら、どうするつもりだったの」

ごめんって。

「良いですか、学院長」

「ふぁい?」

きゅうりを齧りながら、振り向くシルナ。

「ダイエットは計画的に。いきなり減らし過ぎるのはご法度。そんなことしても、すぐリバウンドするよ」

「…はい…」

シルナ、しょんぼり。

「何でも極端なのは良くないよ。食べ過ぎるのも、全く食べないのも駄目。適度な量を、適度にキープ。これが一番だから。分かった?」

「…」

こくり、と頷く。

…天音がいてくれて、本当助かったよ。

学院が、と言うか学院長が崩壊するところだった。

「よしよし、元気出してくださいね〜、学院長先生!」

そんな中、一人笑顔を絶やさない女子生徒、ツキナ。

そういやこの子、ナジュが床でミンチになってるのを見ても、平然と「罰掃除行こっ!」とか言ってた子だっけ。

投身自殺未遂の現場を見たくらいじゃ、全然動じないか。

天然なのか、物凄い度胸があるのか。

何となく、すぐりとつるんでる理由が分かった気がする。

…まぁ、何にせよ。

今回の教訓。

過ぎたるは及ばざるが如し、ってことだな。


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