神殺しのクロノスタシスⅢ
――――――…俺は、イーニシュフェルト魔導学院の警備に当たりながら。

なんとも心許ない気持ちで、隣にいる女を見つめた。

「あ、ちょうちょだよジュリス。黒いちょうちょ飛んでる」

「…それは蛾だ」

ヤママユガだな。

そして、シルナ・エインリーの分身の一人…いや、一匹だ。

「蛾なの?知ってるよ。蛾って、明るいところに寄ってくるんだよ。ランタン持ってきたら、こっち来てくれるかなぁ」

「…」

脳天気な頭と、脳天気な顔をして。

分身の蛾を眺めて、何ならその蛾を追いかけて、とっとこ何処かに行ってしまいそうな。

そんな彼女を眺めながら、俺は内心不安を抱えていた。

…前回、『カタストロフィ』との一件以来。

何故か俺は、この女…ベリクリーデ・イシュテアとペアを組まされ…と言うか。

面倒を見させられている気がするんだが。

今回も、魔導部隊隊長のシュニィに、直々に頼まれた。

「ベリクリーデさんのこと、お願いしますね」と。お使いお願いするみたいなノリで。

それがどんなに大変で、面倒で、神経を使うお使いか、分かってるのか?あの隊長は。

分かってて俺に頼んでるなら、シュニィは聖人の顔をした悪魔だな。

まぁ、シュニィがそう頼む理由は分かる。

この作戦に当たるに至って、シュニィから聞いた。

どうも、聖魔騎士団魔導部隊の隊舎に、あのヴァルシーナが潜り込んでいたらしい。

ベリクリーデを…もっと正しく言えば、ベリクリーデの中に眠る聖なる神を狙っている、張本人だ。

あの女が隊舎に潜り込んでいたと聞いて、俺は肝を冷やした。 

丁度そのとき、俺はベリクリーデと別任務に出ていたから、ヴァルシーナと遭遇することはなかったが。

もしあのとき、ベリクリーデが隊舎にいたら、と思うと。

…寒気がする。

それなのに、その話を聞いても、このベリクリーデという女。

「そうだったんだ。知らなかったー」

の、この一言で終わらせやがったからな。

こいつの頭の中の辞書には、「危機感」という言葉が載ってないんだろう。

そうに違いない。

「あ、クワガタだ。クワガタがいるよ」

クワガタに釣られて、てこてこ歩き出すベリクリーデ。

「おい、こら待て」

勝手に持ち場を離れようとするな。

これだからこいつは、全く。

目を離すと、油断も隙もないのだ。

幼稚園児がつけてる、あれ。子供用ハーネス欲しい。

じっとしてねぇんだから。

「クワガタだ〜…。これも分身だね」

「…」

シルナ分身のクワガタを、じーっと見つめているベリクリーデ。

…こいつを見ていると、今がどういう状況なのか、忘れそうになるな。

「…あのな、ベリクリーデ。今の状況分かってるか?」

俺自身が、再確認する為にも。

俺は、ベリクリーデにそう語りかけた。
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