神殺しのクロノスタシスⅢ
「状況?」

「あぁ、状況。分かってるか?」

「ジュリスとクワガタを見てる」

ずっこけそうになった。

「そうじゃねぇ。いやそうだけど。でもそうじゃねぇだろ」

「どっち?」

「あのな!シルナ・エインリーとイーニシュフェルト魔導学院の教師陣、それから『アメノミコト』の元暗殺者組が、『アメノミコト』の頭領に呼び出されて戦いに行ってんだよ」

「戦いに行ったかは分からないよ?もしかしたら、平和的に話し合いしようとしてるのかも」

そうだったら良いんだけどな。

こちらが争いを好まないように、向こうも争いを避けるよう動いてくれれば、この上なく平和に事が解決するのだが。

だが、暗殺専門組織に、それを望むのは無理な話だ。

俺も、ルーデュニア聖王国に来る前は、世界中あいこちフラフラして、ジャマ王国にも立ち寄ったことがあるが。
 
あの国は、常に戦争でもしているかのように殺伐としていて、いつも何処かでキナ臭い話が飛び交っていた。

だから俺も、あの国に長居したことはない。精々2、3週間滞在した程度だ。

そんな国の、暗殺者集団が。

平和的に話し合いなんて、望むべくもない。

まず間違いなく、争いは避けられないだろう。

ましてや、こちらには裏切り者の令月とすぐりがいるからな。

向こうは裏切り者の二人を始末したいだろうが、こちらは二人を返すつもりはない。

その時点で、お互い意見が対立しているのだ。

絶対殴り合いになる。

おまけに、今回の敵は『アメノミコト』だけではない。

「あのヴァルシーナまで絡んでるとなりゃ、他人事ではいられないんだぞ」

だからこそ、俺が神経を尖らせているのだ。

それなのに、この女。

「ヴァルシーナ?」

きょとんと首を傾げて、はてなマークを浮かべてやがる。

…誰か、こいつに「危機感」という言葉を教えてやってくれないか?

俺にはもう無理だ。

「…お前、自分の中に聖なる神がいること、覚えてるか?」

「うん」

それは覚えてるらしい。

「で、そんなお前を狙ってる奴がいるってことは覚えてるか?」

「うん」

それも覚えてるらしい。

「前戦ったろ?『カタストロフィ』と。覚えてるか?召喚魔導師と戦ったろ」

「うん。ジュリスが痛そうだった」

そういう覚え方してるのか?

まぁ、覚えてるのは良いことだ。

「その『カタストロフィ』の頭目が、ヴァルシーナだ」

「そうなんだ」

そこは覚えとけよ。

「そしてそのヴァルシーナが、『アメノミコト』と手を組んで、動き出してんだよ」

「大変だねー」

「大変なのはお前の頭の中だ」

「…?」

何故そこでまた首を傾げる?

「以前お前を狙ってたヴァルシーナが、また動き出してんだよ。つまり、お前もまた狙われる可能性が高いってことだ」

「えっ」

何意外そうな顔してるんだ。

充分予測出来ることだろ。

これだから、俺がシュニィに直々に、こいつの面倒を見るよう頼まれるのだ。

「少なくとも、その危険がある。お前も充分、身の回りに注意してなきゃならないんだよ」

「そうなんだ…」

「分かったか?」

「うん」

よし。

「分かったなら、もう少し慎重に…」

「あ、カブトムシがいるよー」

全然分かってない。

絶望するしかない。

「分かってねぇだろお前。こら!持ち場離れんなって!」

「これも分身だー」

「話聞け!」

こうして。

俺は、自由奔放過ぎるベリクリーデの世話と。

『アメノミコト』から学院を守るという、重大な二つの責務を負わされたのであった。

無事に、夜明けを迎えられると良いのだが。
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