神殺しのクロノスタシスⅢ
『アメノミコト』によるイーニシュフェルト魔導学院襲撃事件。

要するに、令月を巡る攻防の後。

俺達は、フユリ様の協力も得て、『アメノミコト』について、可能な限り情報を集めた。

だが、集められた情報は、そう多くない。

彼らはまるで、神秘のベールに包まれているかのように、自身の情報をひた隠しにしていた。

だから、分かることは僅かだった。

だが、これだけは分かった。

『アメノミコト』の頭領の名は、鬼頭夜陰。

これは本名ではない。

『アメノミコト』の頭領となれば、この呼び名を与えられるというだけで。

しかし、頭領となった時点で、己の名前など捨てている。

他に呼び名がないのなら、そう呼ばせてもらうとしよう。

「鬼頭…夜陰」

この蛇のような目つき。人を路傍の石と同じようにしか思っていない、高圧な態度。

この男は確かに、人の上に立つ人間だ。

だが、その下に立つのは絶対に遠慮したい。そんなリーダーだ。

「久しいな…黒月令月。そして…花曇すぐり」

「…」

「…!」

令月の方は、平静を保っていたが。

すぐりの方は、明らかに動揺していた。

何か後ろめたいことでもあるかのように、鬼頭から目を逸らした。

「儂は『八千代』を、裏切り者の黒月令月を殺せと命じて、貴様をルーデュニアに派遣したはずだが…。何故貴様はここにいる?何故、隣にいる黒月令月を殺していない?」

「そ…れ、は」

「貴様まで…儂を裏切るつもりか」

「…!」

…この男。

「すぐり君はあなたのものじゃない。私達の生徒だ」

シルナが割って入り、鬼頭の言葉を退けた。

しかし。

「黙れ。貴様らは関係ない。花曇すぐり、『八千歳』。今すぐ黒月令月を殺せ。『終日組』暗殺者としての任務を果たせ」

「…!」

「どうした、貴様とて、黒月令月は憎いのではなかったのか。あの黒月令月を殺せは、貴様も少しは『終日組』の暗殺者として認めてやっても良いぞ」

…こいつ、何様のつもりだ。

認めてやっても良い?

どの口で言ってやがる。

すぐりはぶるぶると身体を震わせ、しかし、鬼頭の指示には…従わなかった。

「…俺には、出来ません」

「ほう?」

「俺は『八千代』に負けた。正々堂々、一騎打ちして…それでも負けた。俺は『八千代』に敵わなかった。俺には…『八千代』は殺せない」

…すぐり。

これがすぐりなりに出した結論で、すぐりの覚悟の現れだ。
 
こんな幼い少年が、よくここまで覚悟を決められたものだと思う。

それなのに、鬼頭夜陰は容赦なかった。

「殺せないとは何だ。意味が分からんな…。今殺せ。隣にいるではないか」

「…!」

「生徒に紛れ、シルナ・エインリーを含め、黒月令月も油断させて、そこを奇襲するのではなかったのか。何故そうしない」

「それは…だって、それも失敗して…」

ナジュが爆発四散しただけに終わったな。

「失敗した?だから何だ。『アメノミコト』は失敗を許さない。分かっているだろう。貴様が生きている限り、貴様に命じた任務は解かれない。何度失敗しようとも、裏切り者は殺せ。貴様が殺されるまで」

「…」

…ふざけるな。

すぐりは、令月を殺す為の機械じゃない…!

「さぁ、やれ。黒月令月を殺せ。出来ないなら、貴様は役立たずのクズだ」

「お、俺は…」

すぐりは震え、杖を強く握り締めた。

「『八千歳』…」

すぐりが今、少し心変わりをしたら、令月は殺されるかしれないのに。

令月は動かず、そのまますぐりの隣に突っ立っていた。

彼が何を選んでも、甘んじて受け入れると言うように。

「…殺さない」

そして。

すぐりは、選んだ。

「俺は『八千代』を殺さない。殺せない。『八千代』を殺したって、俺が惨めになるだけだ。そんなことで、俺は満たされない…!」

「…すぐり…」

そうか。

それが、お前の答えか。

それで良い。それが正しい。

裏切り者を追って殺し、失敗してもまた追って殺し…そんなことは、もうたくさんだ。

令月もすぐりも、もう誰も殺す必要はないのだ…。

「…そうか」

鬼頭夜陰は、静かに答えた。

「案ずるな。最初から儂は、貴様になど何の期待もしていなかった」

「…え?」

すぐりの、顔色が変わった。
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