神殺しのクロノスタシスⅢ
「『八千歳』は強かった。あのときは僕が勝ったけど、もう一回やってたら負けてたかもしれない。僕と『八千歳』の間に差なんてない。じゃんけんで勝ったのと同じだ。僕の方があのとき、ちょっと運が良かっただけで」
「…」
令月は、真っ向から鬼頭に立ち向かった。
毅然として、鬼頭に向かって言ってのけた。
「『八千歳』は弱くなんてない。役立たずなんかじゃない。いつだって『八千歳』は強くて、『八千歳』が怒るから僕は言わなかったけど、僕だって『八千歳』の強さが、ずっと羨ましかった」
「…『八千代』…」
すぐりは、驚愕に目を見開いていた。
「暗殺者として、『八千歳』は僕より遥かに上だった。僕は不死身先生の目を謀るようなことは出来なかった。一番隠すのが難しい感情を…憎しみや殺意を抑え込んで、寝返った振りをして自爆なんて、そんな度胸も力も、僕にはなかった。でも『八千歳』はやり遂げたんだ。見事だった。本当に立派だった」
…以前、令月が鬼頭と相見えたとき。
令月は泣きじゃくり、震え、怯え、恐怖のあまり立っていることさえ出来なかった。
今だって、恐怖心が消えた訳ではないはずだ。
鬼頭と再び相見えたことで、心の奥深くに眠っていた恐怖心が目覚め、令月を竦み上げさせているはずだ。
それなのに。
令月はそんな恐怖心をおくびにも出さず、真っ向から鬼頭に向き合っていた。
すぐりの尊厳を守る為に。
「これからもっと、『八千歳』は強くなる。僕と違って、『八千歳』には魔導適性がある。イーニシュフェルト魔導学院で卒業まで過ごせば、『八千歳』はもっともっと、僕を越えて強くなる。大切な人を得た『八千歳』は、誰かを殺す為に強くなろうとしていたあの頃より、ずっと強くなる可能性に満ちてる。そんな『八千歳』を、侮辱させたりなんかしない」
「…」
「『八千歳』が弱く見えるなら、役立たずのクズに見えるのなら、あなたの目は耄碌したってことだ。僕よりずっと可能性に満ちている『魔導師』を…あなたは見抜けなかったんだ」
…魔導師。
暗殺者じゃない。人を殺す為の道具じゃない。
花曇すぐりという魔導師を…令月は、決して馬鹿にしたりしなかった。
そして、暗殺者としても。
令月は、己よりもすぐりの方が優れていたと、断言した。
「『八千歳』を馬鹿にするな」
「…ふん」
令月の、決死の抗議すら。
鬼頭夜陰は、せせら笑ってみせた。
そんなこと、まるで子供の戯言だとでも言うように。
「随分仲良しこよししていたようだな。…暗殺者風情が」
「…っ」
令月の。
毅然とした態度が、崩れた。
「命じられるがままに、散々人を殺しておきながら、守る為に強くなるだと?笑わせる。結局貴様らは、人を殺す為にしか生きられんのだ。人殺しの化け物が、偉そうに講釈するな」
怯んだ令月の、代わりに。
「あははは!面白いこと言いますね、あなた」
ナジュが、大袈裟に笑ってみせた。
「…何だ、貴様」
「いや、おかしなこと言ってるなぁと思って。この二人が人殺し?化け物?極悪人だとでも?命じられて人を殺していたこの二人は、自分の身勝手な目的の為に、大量殺戮を正当化していた僕に比べれば、近所の悪戯小僧未満ですよ」
…ナジュ。
お前…。
「自分がそうするように仕立て上げた癖に、裏切った途端『人殺しの化け物めー』って?自分の投げたブーメラン、自分に突き刺さってますけど見えないんですか?令月さん、この人は耄碌したんじゃない。この人の目は、元々節穴なんですよ」
…よく言った。
よく言ったぞ、ナジュ。
「…その通りです」
イレースが、続けて言った。
「自分が暗殺者として育てた癖に、彼らを人殺し呼ばわりするなんて、ちゃんちゃらおかしい。じゃああなたは何なんですか。真っ当に生きているとでも言うつもりですか?片腹痛い」
「…子供を無理矢理洗脳して、暗殺者に仕立て上げるなんて。そんな非道なことを平気で強いるあなたに、正しい理を説く権利なんてない。あなたの言葉なんて、聞くに値しない」
更に、天音もそう言った。
その通りだ。
令月も、すぐりも、何も悪くない。
彼らはいつだって誇り高く、立派に、生きることを諦めずに生きてきただけだ。
そんな生き方しか出来なかったから。そんな生き方しか許されなかったから。
ならば、それの何が悪い。
「…私の、生徒に」
シルナが、静かに言った。
その目は、真っ直ぐに鬼頭を捉えて離さなかった。
「無能は、一人もいない。全てが、才能と可能性に満ち溢れた人間だ。それを活かせなかったあなたは、教育者として劣った存在だった。それだけの話だ」
「…」
…それじゃ。
俺が最後に、言わせてもらおうか。
「子飼いの暗殺者に、二人も三人も裏切られた憐れなおっさん。人望の欠片もなくて、随分情けないな」
同じおっさんでも、ここまで差が出るとは。
シルナの爪の垢でも、煎じて飲ませてもらうんだな。
「…」
令月は、真っ向から鬼頭に立ち向かった。
毅然として、鬼頭に向かって言ってのけた。
「『八千歳』は弱くなんてない。役立たずなんかじゃない。いつだって『八千歳』は強くて、『八千歳』が怒るから僕は言わなかったけど、僕だって『八千歳』の強さが、ずっと羨ましかった」
「…『八千代』…」
すぐりは、驚愕に目を見開いていた。
「暗殺者として、『八千歳』は僕より遥かに上だった。僕は不死身先生の目を謀るようなことは出来なかった。一番隠すのが難しい感情を…憎しみや殺意を抑え込んで、寝返った振りをして自爆なんて、そんな度胸も力も、僕にはなかった。でも『八千歳』はやり遂げたんだ。見事だった。本当に立派だった」
…以前、令月が鬼頭と相見えたとき。
令月は泣きじゃくり、震え、怯え、恐怖のあまり立っていることさえ出来なかった。
今だって、恐怖心が消えた訳ではないはずだ。
鬼頭と再び相見えたことで、心の奥深くに眠っていた恐怖心が目覚め、令月を竦み上げさせているはずだ。
それなのに。
令月はそんな恐怖心をおくびにも出さず、真っ向から鬼頭に向き合っていた。
すぐりの尊厳を守る為に。
「これからもっと、『八千歳』は強くなる。僕と違って、『八千歳』には魔導適性がある。イーニシュフェルト魔導学院で卒業まで過ごせば、『八千歳』はもっともっと、僕を越えて強くなる。大切な人を得た『八千歳』は、誰かを殺す為に強くなろうとしていたあの頃より、ずっと強くなる可能性に満ちてる。そんな『八千歳』を、侮辱させたりなんかしない」
「…」
「『八千歳』が弱く見えるなら、役立たずのクズに見えるのなら、あなたの目は耄碌したってことだ。僕よりずっと可能性に満ちている『魔導師』を…あなたは見抜けなかったんだ」
…魔導師。
暗殺者じゃない。人を殺す為の道具じゃない。
花曇すぐりという魔導師を…令月は、決して馬鹿にしたりしなかった。
そして、暗殺者としても。
令月は、己よりもすぐりの方が優れていたと、断言した。
「『八千歳』を馬鹿にするな」
「…ふん」
令月の、決死の抗議すら。
鬼頭夜陰は、せせら笑ってみせた。
そんなこと、まるで子供の戯言だとでも言うように。
「随分仲良しこよししていたようだな。…暗殺者風情が」
「…っ」
令月の。
毅然とした態度が、崩れた。
「命じられるがままに、散々人を殺しておきながら、守る為に強くなるだと?笑わせる。結局貴様らは、人を殺す為にしか生きられんのだ。人殺しの化け物が、偉そうに講釈するな」
怯んだ令月の、代わりに。
「あははは!面白いこと言いますね、あなた」
ナジュが、大袈裟に笑ってみせた。
「…何だ、貴様」
「いや、おかしなこと言ってるなぁと思って。この二人が人殺し?化け物?極悪人だとでも?命じられて人を殺していたこの二人は、自分の身勝手な目的の為に、大量殺戮を正当化していた僕に比べれば、近所の悪戯小僧未満ですよ」
…ナジュ。
お前…。
「自分がそうするように仕立て上げた癖に、裏切った途端『人殺しの化け物めー』って?自分の投げたブーメラン、自分に突き刺さってますけど見えないんですか?令月さん、この人は耄碌したんじゃない。この人の目は、元々節穴なんですよ」
…よく言った。
よく言ったぞ、ナジュ。
「…その通りです」
イレースが、続けて言った。
「自分が暗殺者として育てた癖に、彼らを人殺し呼ばわりするなんて、ちゃんちゃらおかしい。じゃああなたは何なんですか。真っ当に生きているとでも言うつもりですか?片腹痛い」
「…子供を無理矢理洗脳して、暗殺者に仕立て上げるなんて。そんな非道なことを平気で強いるあなたに、正しい理を説く権利なんてない。あなたの言葉なんて、聞くに値しない」
更に、天音もそう言った。
その通りだ。
令月も、すぐりも、何も悪くない。
彼らはいつだって誇り高く、立派に、生きることを諦めずに生きてきただけだ。
そんな生き方しか出来なかったから。そんな生き方しか許されなかったから。
ならば、それの何が悪い。
「…私の、生徒に」
シルナが、静かに言った。
その目は、真っ直ぐに鬼頭を捉えて離さなかった。
「無能は、一人もいない。全てが、才能と可能性に満ち溢れた人間だ。それを活かせなかったあなたは、教育者として劣った存在だった。それだけの話だ」
「…」
…それじゃ。
俺が最後に、言わせてもらおうか。
「子飼いの暗殺者に、二人も三人も裏切られた憐れなおっさん。人望の欠片もなくて、随分情けないな」
同じおっさんでも、ここまで差が出るとは。
シルナの爪の垢でも、煎じて飲ませてもらうんだな。