神殺しのクロノスタシスⅢ
夜の森に。

しばし、静寂が訪れた。

血の匂いがした。
 
「…ほう」

興味深そうに、『アメノミコト』頭領がにやりと笑った。

木立ちの中から奇襲を仕掛けてきた、『アメノミコト』の暗殺者達は。

全員、地面に顔をつけて転がっていた。

いつでも、奇襲を掛けてくる準備はしていた。

初動は、全て受けきった。

こちらは誰一人、怪我の一つもしていない。

…すぐりがまともに戦うの、初めて見たが。

あの糸。ピアノ線のようなあの固くて細い糸が、すぐりの武器なのか。

つくづく、『アメノミコト』の暗殺者には関わりたくないものだ。

「大したものよ。あれらを一撃で蹴散らすとは」

…あれら、だと。

自分の組織の人間は、あくまで駒の一つとしか思っていない者の発言だ。

「で、これらも所詮、四天王の中でも最弱…とかいう、お決まりの台詞なんでしょう?」

ナジュが、そう煽った。

「さっさと次、出してくださいよ。まだまだ秘蔵っ子を隠してるんでしょう?」

「その通りよ。…お前の出番だ、『薄暮』」

「御意」

『薄暮』、だと?

名を呼ばれるなり、鬼頭夜陰の背後から、ゆらり、と髪の長い女が表れた。

深くフードを被っていて、目は見えないが…。

「…あ、やば」

ナジュが、そう呟くなり。

俺はいきなり、思いっきり木立ちの中に突き飛ばされた。

ナジュに、だ。

「!?」

転がりながら体勢を整え、起き上がってみると。

「…!!ナジュ!」

「いっ…たぁぁ…」

ナジュの左腕。

肘から先が、スパッと切れてなくなっていた。

おまけに、切れた腕の切断面が、濃い紫色に染まり、肌をどんどん侵食していた。

毒だ。

『アメノミコト』お得意の毒魔法。

あの女が何かしたのか、『薄暮』とかいう…。

しかし。

「え、嫌…何で…」

すぐりは、先端がドリルのように尖った、黒くて長いワイヤーを背中に生やしていた。

そのワイヤーが、ナジュの腕を切り落とした。

いや、違う。

彼は、ナジュの腕を切り落とそうとしたのではない。

俺を、一撃のもとに殺そうとしたのだ。

…それを、すんでのところで心を読んで察知したナジュに、突き飛ばされ。

運良く助けられただけで。

「すぐり…!?」

すぐりが、俺を殺そうとした。 

あのどす黒い、奇妙なワイヤーで…。

「あ、いや、あれ…の…じゃ…」

左腕を切断されたナジュが、残された右手で苦しそうに喉を押さえ。
 
その場に崩れ落ちた。
 
「ナジュ!」

「…っ…」

息をしてない。

不死身だから、息が出来なくても死にはしないが。

息が出来なければ、ナジュは窒息死直前の、地獄のような苦しみを延々と味わうことになる。

間違いなく、すぐりの毒のせいだ。

「ナジュさん!」

天音が、咄嗟に駆け寄った。

「すぐに解毒を…!」

「無駄なことよ。それの毒魔法は、そう簡単に解けるものではない」

天音をせせら笑うように、鬼頭が言った。
 
鬼頭の戯言など、どうでも良い。

何ですぐりが。まさかこの土壇場になって、『アメノミコト』に戻るつもりじゃ、

「…な、何で…何で…」

すぐりの顔は、恐怖に染まっていた。

彼は、決して『アメノミコト』に寝返ろうとしたのではない。

でも、俺を殺そうとし、俺を庇ったナジュの腕を切り落とし、毒によってナジュを黙らせたのは、他でもないすぐりだ。

だがそれは、すぐりの意思ではなかった。

「違う、俺じゃない…!俺は、こんなことしてない!」

絶叫するすぐりは、黒いワイヤーを自由自在に操り。

俺達に向かって、その矛先を向けた。
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