神殺しのクロノスタシスⅢ
すぐりの黒いワイヤーが、縦横無尽に飛び回っていた。

少しでも掠ったら、ナジュと同じ目に遭う。

ナジュと、そのナジュの解毒を試みる天音を、イレースが防御壁を張って守り。

それ以外のメンバー、俺とシルナと令月は、すぐりのワイヤーを躱すのに必死だった。

縄跳びにしては、速過ぎるぞ。

しかも。

「やめろ!止まれ!止まれぇぇ!!」

すぐりは、絶叫しながらワイヤーを飛ばしていた。

「シルナ!あれどうなってんだ!」

必死にすぐりのワイヤーを避けながら、シルナに怒鳴る。

「すぐり君の意思じゃない!あの女っ…『薄暮』って子に、操られてるんだ!」

同じく、余裕なくワイヤーを避けながら、シルナが答えた。

「…!」
 
操られてる、だと?
 
「元々、貴様に黒月令月を殺せるなどとは思っておらん」

『薄暮』という女を従えた鬼頭夜陰が、余裕たっぷりに言った。

「自爆して令月を道連れに出来れば御の字、だが、シルナ・エインリーに懐柔され、儂の敵に回ることも想定済み」

「…!」

「故に、花曇すぐりの身体に、あらかじめ仕掛けを施しておいた。その仕掛けが…これよ」

「あぐっ!」

すぐりは、有り得ない体勢から、無理矢理糸を射出した。

明らかに、すぐりの意思ではない。

身体を無理矢理動かされ、無理な体勢から強引にワイヤーを繰り出した為。

すぐりの左手首が、グキ、と嫌な音を立てた。

すぐりが苦悶の表情を浮かべても、『薄暮』は気にせず。

まるで操り人形のように、すぐりを自由自在に動かした。

糸を動かしているのはすぐりなのに、そのすぐりを動かしているのは『薄暮』なのだ。

笑えねぇ。
 
今まで散々、すぐりを便利な人殺しの道具に使っておきながら。

この期に及んで、まだすぐりを操り人形にするのか…!

俺はすぐりを止めたかったが、それは簡単なことではなかった。

何せ、俺とシルナは、すぐりの戦闘スタイルを見るのは初めてで。

おまけに、すぐりの攻撃範囲の広さは、尋常ではなかった。

細い糸や太い糸、透明な糸や黒い糸が混じり合い、非常に見分けがしづらい。

あの無数に伸びる伸縮自在の糸。あれだけでも手一杯なのに。

「っ!」

頭上をヒュンッ、と音がして、背後に生えていた木に、ドスッとワイヤーの尖った先端が突き刺さった。

この黒いワイヤー。不定期に飛んでくるこの攻撃が、あまりにも強力過ぎる。

当たれば、痛いでは済まないぞ。

幸いワイヤーの方は、糸のように何本でも射出出来る訳ではなく、左右の二本のみだが。

このワイヤー、他の糸とは比べ物にならないほど速く、硬い。

こちらも伸縮自在で、縦横無尽に何処からでも飛んでくる。

そして勿論、糸にもワイヤーにも、掠っただけで致命傷を負う、強力な毒が仕込まれている。

…これじゃ、とても近づけない。

「止まれ…!嫌だ、止まってくれ!!」

すぐりは必死に叫び、自分の身体を制御しようとしていたが。

すぐりの身体の所有権は、今やすぐりのものではなかった。

『アメノミコト』の…『薄暮』の手の中にあった。

『薄暮』を倒せば良いのだろうが、まずはすぐりの猛攻を潜り抜けなければ、それすらも…!

「くっ…!」

避けるのに必死で、とてもすぐりに近づけない。

シルナも似たりよったりだ。

俺達が不甲斐なく逃げ回っていた、そのとき。

令月が、木を蹴り飛ばした、その勢いで素早く、すぐりの攻撃の隙間を掻い潜り。

一瞬にして、すぐりの懐に潜り込んだ。

速い。

すぐりの戦闘スタイルを、誰よりもよく知っているが故の神業だった。

「『八千代』…!」

「今止めるから、『八千歳』…!」

令月の小太刀が、すぐりのワイヤーを片方断ち切り。

その勢いですぐりは体勢を崩し、地面に倒れそうになった。

猛攻が一瞬やみ、俺とシルナも前に出ようとした、

そのとき。

「…え?」

倒れかけていたすぐりの右腕の関節が、有り得ない方向にぐるんっ、と回り。

すぐりの糸が、令月の喉元に迫った。
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