神殺しのクロノスタシスⅢ
ヴァルシーナ。

この一件にも関わっていることは、知っていたが。

こうして姿を見せるのは、これが初めてだ。

しかし、こいつのことだ。

「…自分は戦わず、お前も高みの見物勢か」

「そうだ」

鬼頭夜陰と同じく。

こいつも、戦闘に加わることなく、ただ高みの見物をしていた。

だが、この狡猾な女のこと。 

もし、『アメノミコト』との戦闘中に、シルナが危うい場面になれば。

この好機を逃すまじと、介入してきてシルナの首を獲っていただろう。

残念ながら、そんな好機には恵まれていないようで。

仕方なく、俺の前に出てきたって訳か。

しかし、何の為に…。

「あの水色に、加勢でもするつもりか?」

「『アメノミコト』の暗殺者など、何人死んでも構わない」

だろうな。

そうだと思った。

「あのような、薄汚い暗殺者集団…。利害が一致しているのでもなければ、手を貸すことも、手を借りることもしなかった」

「あぁ、そうかい」

そりゃ残念だったな。

つまりお前は。

「その薄汚い暗殺者集団に、手の貸し借りをしなければならないほど、追い詰められてるって訳だ」

「…」

ヴァルシーナの目が、怒りのあまり吊り上がった。

「孤独に戦うのは惨めだな、ヴァルシーナ」

「…戯言を」

「本当に戯言か?お前を捕えて連れていって、ナジュに本心暴いてもらおうか」

この距離では、ナジュの読心魔法は届かない。

ヴァルシーナは、先程の戦いを見物していた。

恐らくヴァルシーナも、気づいたことだろう。

ナジュは、読心魔法の弱点を克服している。 

心を閉ざしても無意味だし、複数人の同時読心も可能にしている。

だからこそ、ナジュに本心を読まれることを恐れて、あの場に姿を現さなかったのだ。

そんなに、ナジュが怖いか?

俺達でも怖いんだから、仲間を失って孤軍奮闘するしかないヴァルシーナは、もっと怖いだろうな。  

故に、ナジュの読心魔法圏外で、こうして俺の前に現れたのだ。

「…」

俺は、周囲を窺った。

水色の気配が、何処かに消えている。  

俺とヴァルシーナの邂逅に、手を出すつもりはないらしい。

あるいは、あいつら気配を消すのがめちゃくちゃ上手いから、その辺に隠れて、俺を一撃で倒す間合いを図っているのかもしれない。

いずれにしても、この状況は悪い。

ヴァルシーナは、望まずとも『アメノミコト』と結託している。

これでは、俺は2対1を強いられているのと同じだ。

水色だけでも、充分面倒臭いのに。

そこにヴァルシーナまで加わったら、面倒の極みを通り越して。

命の危機すら感じる。

「…」

ヴァルシーナは、終始俺を、家族の仇の様に睨み続けていた。

…そんなに、俺が憎いか。

俺達が。

「…お前の家族、と言うか…。お前の一族のことに関しては、気の毒だと思ってるよ」

こんなこと。

言う必要はないし、言ったところで、ヴァルシーナの気が晴れる訳ではない。

ヴァルシーナの意志が、挫けることはない。

分かっていたが、俺は彼女にそう語り掛けていた。

こんなことになったのは、勿論シルナのせいでもあるが。

そのシルナを狂わせ、正しい道から逸らしてしまったのは…。

他でもない、俺の中にいる「前の」俺。

二十音(はつね)・グラスフィアなのだから。
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