神殺しのクロノスタシスⅢ
俺の中には、俺のこの身体の中には、複数の人格がいる。

俺という人間、羽久・グラスフィアは、この身体を共有する人格の一つでしかない。

誰がオリジナルなのか…どの人格が、本来のこの身体の持ち主なのか、長いこと分からないまま。

別に分からなくても良いと思って、ずっと過ごしてきた。

シルナは、全員が本物だと言ってくれたが。

何となく気づいていた。そうなんじゃないかと思っていた。

最近になってナジュが現れ、彼の読心魔法が、長年の俺の秘密を暴いてくれた。

俺は、羽久・グラスフィアは、オリジナルではない。

オリジナルは、「前の」俺だ。

二十音・グラスフィアだ。

まぁ、そうなんだろうなとは思っていたから、そんなに驚きはしなかったけど。

そして、その二十音・グラスフィアが。

シルナを正しい道から突き落とし、ヴァルシーナを含む、イーニシュフェルトの里の者達の遺志を、踏みにじった。

守るべきものに背を向け。

受け継ぐべき遺志を放棄し。

ただ自分の私利私欲の為に、他人を利用し、世界を敵に回した。

その罪悪感に、シルナは今でも囚われている。

しかし、後悔はしていない。

何度同じ選択を迫られても、シルナはこちらを選ぶだろう。

だから、ヴァルシーナ。

シルナが逃げ出したから。役目を放棄したから。

お前が、代わりに一族の悲願を叶えようとしている。

聖なる神を復活させ、二十音の中に眠る邪神を葬り去るという、悲願を。

壮大で格好良くて、世界の為にはそうするのが、きっと正しい道なのだろう。 

正しい道を歩もうとする彼女を止めるのは、間違っているのだろう。

俺達は間違ってる。確かに間違ったことをしている。

だが。

だからって俺にも、守るものがあるのだ。

ヴァルシーナが、そうであるように。

俺にもシルナにも、今更誰にも譲れない覚悟がある。

「…貴様ごときが、我が一族を語るな。虫酸が走る」

あぁ、そうかい。

それは悪かったな。

「世界の側から見れば、お前の方が正しいんだろうよ」

のほほんと、邪神をのさばらせている俺達の方がおかしい。

それでも。

それでも、だ。

「それでも、俺もシルナも、お前に殺されてやる訳にはいかないな」

「…裏切り者。貴様もシルナ・エインリーも…!この世から追放すべき悪だ」

「悪で結構」

例え、それが間違った選択だったのだとしても。

その間違った選択によって、救われた命があるのだ。

俺も二十音も、他でもないその一人だ…。

「だから俺は、ここで立ち止まる訳には…」
 
「…そうか。別に良い」

あ?

「何を…」

「もう充分だ。…時間稼ぎには、な」

その瞬間。

俺は、意識を失った。
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