神殺しのクロノスタシスⅢ
「本物じゃないって…。令月、それどういう…」

「あぁ…。そっか、やっぱりそうなんだ」

「すぐり?」

令月が答える前に、すぐりが落胆した様子で言った。

「この人は、本物の頭領さ…いや、頭領じゃない。本物の鬼頭夜陰じゃないんだ」

「えっ…」

「影武者なんだって。不死身先生が教えてくれた」

すぐりと令月が、順番に説明してくれた。

…が。

納得は出来なかった。

「影武者?こいつ影武者なのか?」

「うん。この人を影武者に仕立て上げて、遠隔透視魔法で、この人の目を通して…本人は恐らく、ジャマ王国の、『アメノミコト』本部で、ここの様子を見てたんだ」

「…!」

…この、男。

鬼頭夜陰という男は。

部下が命を懸けて戦っていたというのに。

この場にやって来る覚悟もなく、自分は安全な自国の中に引きこもって、本物の高みの見物をしてたっていうのか?

「頭領は滅多に、『アメノミコト』から離れることはない。先日のイーニシュフェルト襲撃、あのときは本物だったみたいだけど…。ああいうのは稀だよ」

「…」

「大抵の場合、姿を見せなきゃならないときは、影武者を使ってる。だから、今回も…」

…なんてことだ。

じゃあ俺達は、結局鬼頭の手のひらの上で転がされてただけ…?

…いや、待て。

「こいつは鬼頭本人じゃないんだろ?だったら…初見で、ナジュの読心魔法でバレるんじゃないのか?影武者だって」

「それが…」

令月が説明しようとすると。

ぽんぽん、と誰かに肩を叩かれた。

振り向くと、そこには紙切れを持ったナジュがいた。

差し出された紙切れを受け取り、俺はその内容を読んだ。

『この人は影武者ですが、この人本人は自分が影武者であることを知りません。強引な洗脳と整形手術で、完全に「自分は鬼頭夜陰だ」と思い込んでいたんです。』

…!

『用意された台本通りの台詞を読み、鬼頭夜陰を演じる、しかもそれを自分自身の意志だと思っている、完璧な影武者です。』

…そういうことか。

この影武者は、自分が影武者であることを知らなかった。

あくまで自分は、『アメノミコト』の頭領、鬼頭夜陰だと信じ込んでいた。

用意された台詞も、行動も、全部筋書き通りに与えられたものなのに。

それすら気づかず、全部自分の意志によるものだと思い込み。

最後の最後まで、「自分は鬼頭夜陰だ」と信じたまま、死んでいった。

鬼頭にとって、この男もまた…駒の一つに過ぎなかったのだ。

「似たような影武者は、『アメノミコト』にたくさんいる。大抵は、本物の頭領と背格好の似た、下っ端の構成員が選ばれるんだけど…」

「役に立たないから、せめて影武者として役に立てってね。整形手術で顔を変えられて、ついでに脳みそも切開されて弄くり回されて、影武者完成ってこと」

令月とすぐりが、交互に言った。

更に、すぐりは。

「良かったー。俺、頭領と背格好似てなくて。俺も役立たずだから、もしかしたら影武者候補に選ばれてたかもね」

「アホ抜かせ。誰が役立たずだって?」

あの水色を、まんまと罠に嵌めたのは誰だ?

自分を卑下するのはやめろ。

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