神殺しのクロノスタシスⅢ
採れたてもぎたてのトマトを、丸ごと水洗い。

いよいよ、運命の時が近づいてきた。

俺は、ゴクリと生唾を飲み込んだ。

食べたくて生唾出てるんじゃないぞ、言っとくけど。

食べたくなさ過ぎて、生唾出てる。

「すぐり君、おっきい方と、ちょっとちっちゃい方、どっち食べる?」

「え?」

あ、ちょっと聞いてなかった。緊張し過ぎて。
 
今何ていっ、

「大きいのとー、ちょっと小さいのとー、どっちを食べ、」

「勿論俺は小さい方にするよ〜!ツキナが育てたんだから、ツキナが大きい方食べなきゃ!」

そんなとんでもないことを言うもんじゃないよ、ツキナ。

デカかろうがチビだろうが、トマトはトマト。

ならせめて、小さい方を選ぶ。

被害は最小限に、って言うだろ?

そもそも被害を被ることを避けたいな〜、俺は。

ツキナが可愛いから、仕方ないけど。

しかし。

「さっきからすぐり君、ツキナが育てたツキナが育てたって言うけど」

え?

「すぐり君だって、一緒に育てたじゃない!だからすぐり君がおっきい方食べてもい、」

「いやいやいや〜!確かに一緒に育てたけど、愛情の差が違うよ!トマトだって、ツキナに食べて欲しがってるはずだよ〜」

「そうかな〜?」

「そーそー!だから大きい方どうぞ」

これ以上、被害を拡大させようとしないでくれ。

既に死にそうなのに。

「じゃあ、大きい方もらうね!すぐり君ありがとう!」

「…うん…」

その笑顔、ありがとう。

トマトを持ってなかったら、もっと素敵だったろうね。

「はい、じゃあ小さい方は、すぐり君にあげるね〜」

ツキナは、トマトを俺の手に握らせた。

俺にとっては、軽いノリでリボルバー握らされた気分だな。

これで死ね、みたいな。

握り拳ほどの赤い塊が、核爆弾級のポイズンに見える。

何故かずっしりと重く感じる。

あぁ、今この場に『八千代』がいればなぁ…。

そのムカつく顔面に、このポイズン投げつけてやるのに。

なんて妄想をして、気を紛らわせていると。

「いただきまーす!」

ツキナは、遠慮なくトマトにかぶりついた。

大胆。

思いっきり行ったぞ。肉食獣のように。

ポイズンを…ポイズンを食べてる…ツキナが…。

もしかして、「うっ!」とか言ってその場に倒れるんじゃないか、と危惧したが。

ツキナは、口の端にトマトの種をつけて、もぐもぐと口を動かし。

満面の笑顔。

「ん〜!美味し〜!すっごく美味しーよすぐり君!」

…マジで?

正気で…正気で言ってる?

遅効性か?遅効性ポイズンか?

「今年のはねー、甘みの強い品種にしてみたんだ〜。とっても甘くて美味しい!」

甘みが強かろうが、渋みが強かろうが。

トマトはトマトだろ。

甘いとかいう甘い言葉で、俺は騙されないよ?

学院長じゃないんだから。

「さっ、すぐり君もがぶっとどうぞ!がぶっと!」

「う…うん…」

俺は、手のひらの上のトマトを見つめた。

…よし。

リボルバーだポイズンだ核爆弾だと、逃げ回っていても仕方ない。

ぶっちゃけ、『八千代』や『終日組』の暗殺者なんかより、このトマトの方が遥かに怖いが。

しかし、やるしかないと言うなら、やるしかないだろう。

意を決して、俺は口を開けた。

作戦、開始だ。

< 448 / 822 >

この作品をシェア

pagetop