神殺しのクロノスタシスⅢ
俺は知らなかった。

俺から押し付けられたそのトマトの、行く末を。

トマトを握らされた『八千代』は、自分の部屋に戻った。

そこには、ルームメイトのユイト・ランドルフが待っていた。

「あ、お帰り令月…。…って、それどうした?」

「ただいま。これ…トマト」

「トマト?」

困惑した様子のユイト・ランドルフ。

ちなみに、学生寮は、原則水とお茶以外の飲食物は持ち込み不可である。

まぁ、その辺の規則は、実は建前だ。

イーニシュフェルト魔導学院は、甘党な学院長の方針で、規則なんて名目みたいなもの。

故に、女子生徒の中には、こっそりおやつを部屋に隠し持っている子も大勢いる。

そして勿論、男子生徒もしかり。

見つかったとしても、大して怒られることもない。

精々、「見つからないように持っとけよ」と言われるくらい。

勿論、イレースせんせーは例外だが。

それにしても。

お菓子なら分かるが、何故学生寮に、トマトを持ち込むのか。

ユイト・ランドルフの困惑した表情にも、納得である。

何故トマト?

しかも一個だけ。

「…通りすがりの幼馴染みに、もらった」

「は、はぁ…。そうなんだ…。変わった幼馴染みだな…」

今この場に、俺がいたら。

誰が誰の幼馴染みだって?と詰め寄っていたに違いない。

「多分食べろってことなんだろうけど…」

正解。

「…あげる」

「えっ」

『八千代』は、ルームメイトにトマトを押し付けた。

ツキナが俺に押し付け、俺が『八千代』に押し付けたトマトを。

『八千代』が、ルームメイトのユイト・ランドルフに押し付けた。

持ち主がどんどん変わっていく、波乱万丈な人生、ならぬトマト生を送るトマト。

「僕苦手なんだ。トマト」

「そ、そうなの…?」

「ユイトは好き?」

「まぁ、好きでも嫌いでもないけど…」

「じゃあ良かった」

ようやくトマトは、自分を食べてくれる人間に巡り合った。

それは良いとして。

「トマト嫌いなんだ、令月」

「うん、だってなんか、それ…」

次の一言を、俺が聞いていなくて良かった。

もし聞いていたら、あまりの同族嫌悪に、俺は全力でトマトを克服しようと試みただろう。

「…脳みそみたいじゃない?」

「…」

二人の人間に脳みそ呼ばわりされた、憐れなトマトは。

無言のユイト・ランドルフに、無言で美味しく食べられたのだった。

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