神殺しのクロノスタシスⅢ
「丁度良かった〜!会いたかったところなんだよ〜!」

シルナ、歓喜。

「あの、羽久さん。これは…?」

大はしゃぎで抱擁を交わすシルナに、困惑するクュルナ。

セクハラだよ。

「ごめんな、クュルナ…。今夏休みだからさ…。シルナが暇を持て余して…」 

「あ、あ〜…。成程…」

本当ごめんな。

「そうですか…。まぁ、私は羽久さんに会えるなら何でも…」

何かボソボソ呟いていたが、よく聞こえなかった。

そんな下らねぇ理由で来るなよ、と愚痴っているのだろうか。

「クュルナ?」

「え、はい?」

「今何か言ったか?」

邪魔だから帰れ馬鹿学院長、と言いたいなら言っても良いんだぞ。

引っ張って連れて帰るから。

しかし。

「い、いえ。何でもありません」

…?

「邪魔だったら帰るけど…」

「そんな、邪魔なんて…。とんでもないです…。私はむしろ…」

むしろ…?

「あっ、そ、そうだ。あれから、ナジュさんの様子はどうですか?記憶障害がぶり返したりは?」

あぁ。

そうだ、クュルナは、ナジュが意識を失い、その後記憶障害を患ったとき。

聖魔騎士団の医療チームのリーダーとして、学院に来てくれたんだよな。

あのときは本当にありがとう。

「今のところ元気だよ」

元気過ぎて、もう少し大人しくしておいて欲しいくらい。

「そうですか…。それは良かったです」

ホッとした表情のクュルナ。

「でも…油断はしないでくださいね。読心魔法の使用をやめた訳ではないんでしょう?」

「あぁ。毎日毎日、会う人会う人の心を読みまくってるよ」

あいつの悪癖だからな。

やめろと言ってもやめんのだ。

「そうですか…。精神にこれ以上影響が出る前に…出来れば使用しない方が良いんですけどね」

「…やめろとは言ってるんだけどな…」

「…ここだけの話、良いですか?」

クュルナが、声を潜めて言った。

「うん?」

「私あの後、王立図書館で調べてみたんです。読心魔法について」

「えっ」

俺だけでなく、シルナも食いついた。

「それで分かったんですが、読心魔法は指定要注意魔法の中でも、かなり稀な魔法らしいですね」

だろうな。

「私も長いこと生きてるけど…。読心魔法の使い手には、ほとんど会ったことがないもんなぁ…」

と、シルナ。

無駄に長生きしてるシルナがこう言うのだから、そうなのだろう。

「その中でも、ナジュ君は別格だね。私が今まで会った読心魔法の使い手は、ナジュ君みたいに、一瞬で読心することは出来なかった」

マジで?

更に、クュルナも。

「そうなんです。本来なら、読心の前に充分集中力を高め、落ち着いた場所で、静かに相手の目を見て…充分に瞑想して、そしてようやく、相手の心の片鱗が見える…。その程度の魔法でしかなかったんです」

マジで言ってるの?それ。

普段のナジュを見てみろ。

息をするかのように、人の心を読んでは弄んでるぞ。

しかも、心の片鱗…なんて、可愛いもんじゃない。

ガッツリ全部読んできやがる。

「それでも、読心魔法を使える魔導師はごく少数です。時魔法や空間魔法とは、また別格の…生まれながらの才覚がなければ、使えない魔法のようです」

「だろうな…」

読心魔法の使い手なんて、俺もナジュが初めてだったのだから。

あんなのが何人も何人も、いてたまるか。

「ですから、複数人同時読心や、読心魔法の対策に関する記述がある魔導書は、残念ながら見つかりませんでした」

「…そうだったのか…」

「済みません。何か分かれば伝えようと思っていたんですが…。何の役にも立てず…」

「何言ってるんだ。それだけ調べてくれただけでも、充分だよ」

それに、充分役に立つ情報を得られた。

つまりそれって、あれだろ?

ルーチェス・ナジュ・アンブローシアという人間は。

生まれながらに、天才級の読心魔法の使い手だってことだろう?
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