神殺しのクロノスタシスⅢ
吐月の左手が、凍っていた。

透明な氷ではない。

真っ黒な氷。

吐月の左腕は、さながら黒い氷の刃のようだった。

そしてその姿は、まるで…。

「吐月君、それ…雪刃(ゆきば)の、」

「シルナ!」

俺は、思わず口に出しかけたシルナを止めた。

だが、俺も同じことを思った。

かつて吐月に取り憑き、彼を何千年も苦しめ続けた悪鬼。

吐月にとっては、思い出したくもない悪夢のような記憶の、その元凶。

吐月の左腕は、雪刃という、あの魔物の技に酷似していた。

「良いんですよ。自分の意志でやってることですから」

吐月は、躊躇うことなくそう言った。

「でも…それ、どうやって…」

「…どうも俺の魂の中には、未だに雪刃の魔力が顕在しているようで」

何だと?

「普段はベルフェゴールと戦うことがあるから、自分自身の魔法は意識したことなかったんですけど…。そうも言ってられないでしょう?先日の…『アメノミコト』の件もありますし」

「それは…」

「ベルフェゴールだけに頼る訳にはいかない。そう思って、自分の魔法を少し極めてみたら…思いの外、氷魔法との相性が良いことが分かって」

「…俺様がいるってのに、こいつと来たら…」

ベルフェゴールが、ブツブツ文句言っていた。

ベルフェゴールとしては、自分に頼らず、吐月自身が戦うのは、面白くないらしい。

「それは雪刃の残した魔力…雪刃の魂の一部が、俺の中にまだ残ってるからだと分かったんです。だからこんなことも出来る」

「吐月君…」

…そりゃ、あれだけ長い間、お互いの魂に癒着し合っていたのだから。

今更引き剥がしたとしても、そう簡単に完全に消えたりはしない…。

それは分かる。けど…。

「…良いのか?その魔法は、お前にとって…」

忌まわしい記憶を、呼び起こすだけのものではないのか。

仲間が強くなるのは心強いが、だからって、今まで充分辛い思いをして生きてきた吐月が。

これ以上、心に傷を負うような真似は、して欲しくない。

しかし。

「とんでもない。むしろ俺は、感謝してるんです」

…感謝?

「まぁ、ろくでもない記憶しか残ってませんが…。こんな、便利な置き土産も残してくれた。俺としては、ラッキーと思ってるくらいで」

「…吐月…」

「どんなに汚い力でも良い。忌まわしい力でも良い。それで、大事な人を守れるなら」

吐月は、きっぱりとそう言った。

…そうか。

そこまで覚悟を決めてるなら…これ以上、俺達が口を挟むのは無粋というものだな。

「ま、心配するな!そんな力は使わせねぇ。なんたって吐月には、この俺様がついてるからな!」

ベルフェゴールが、吐月の頭のてっぺんに乗って、雄々しく宣言。

しかし、如何せん身体が小さいので、全然雄々しく見えない。

大丈夫。戦うときは強いから。あの…弱そうなのは、見た目だけだから。

一番弱そうな奴が、実は一番強かったってシチュエーション、よくあるだろ?

それだよ、それ。

吐月とベルフェゴールなら、大抵の魔導師は泣いて逃げるしかない。

雪刃なんかとは違う。

これはこれで、ルシェリート夫妻と同じく、ベストパートナーだからな。
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