神殺しのクロノスタシスⅢ
次の瞬間。

地面に倒れ、組み伏せられていたのは。

僕ではなく、『八千歳』の方だった。

『八千歳』の首もとには、僕が右手に持っている小太刀の刃を、ピタリと当てていた。

「…!!」

『八千歳』は、驚愕に目を見開いていた。

「君は一つ…思い違いをしてる…」

僕は、息も絶え絶えになりながら言った。

『八千歳』の、二本のワイヤー。

一本目は、咄嗟に投げたクナイで軌道を変えた。

二本目は、左手の小太刀で受け止め、力魔法で無理矢理絡み付かせて、後ろに投げ捨てた。

そして、投げ捨てた反動を利用して、一瞬で『八千歳』に肉薄し。

力魔法で、無理矢理組み伏せて地面に引き倒し、馬乗りになった。

だが、軌道を逸らしたはずの一本目が、僕の左肩から右脇にかけて、深々と切り裂いていた。

僕が上に乗ってるのに、僕の方が致命傷を負ってるなんて、おかしな話だ。

これじゃ、相討ちだ。

でも、そんなことはとうに覚悟していた。

「半年間僕は…ルーデュニア聖王国一番の魔導学院で…ずっと勉強してきたんだ…」

力魔法しか使えない。

だから、その力魔法を伸ばそう。

学院長自ら、教えられ、鍛えられたのだ。

努力をしていたのは、僕も同じなんだ。

この日の為に。

自分の大切なものを、奪われない為に。

「…くっ…この…!」

僕の小太刀に巻き取られ、一本は使い物にならないが。

『八千歳』は、僕の身体を切り裂いたもう一本のワイヤーを動かそうとした。

だが。

「がはっ…!」

僕は思いっきり、『八千歳』の肩を地面に押し付けた。

勿論、力魔法を使って、だ。

『八千歳』の左肩が、地面に陥没する勢いで粉砕した。

それと同時に。

靴底に仕込んだ毒針を、『八千歳』の右足に刺した。

「っ…!」

「…これで、動けないね」

強力な、麻痺毒だ。

毒耐性のある『八千歳』でも、数分ほど動きを止めるだけなら充分。

数分もあれば。

この状態の『八千歳』を、百回は殺せる。

「まだだ…!まだ俺は…」

「君の敗けだよ」

いや、それは違うか。

正しくは、引き分けだ。

僕だって致命傷を負ってる。この出血量と、先程背中に受けた毒。

血の巡りを遅らせて、毒の回りを遅くしてはいるけれど。

解毒出来てる訳じゃない。いずれ、心臓に回って死ぬ。

こんな森の奥じゃ、助けも来ない。

だから。

僕も、君と同じだから。

「…一緒に、地獄に行こう」

君は、僕を嫌ってるけれど。

お互い、一人で地獄に行くのは心細いだろう?

「さよなら」

僕は、小太刀を『八千歳』の心臓めがけて振り下ろした。

その瞬間。

< 50 / 822 >

この作品をシェア

pagetop