神殺しのクロノスタシスⅢ
そこからは、一瞬の出来事だった。

すぐりは、張り巡らせていた糸の全てを、瞬時に動かし。

一本の縄状にしたかと思うと、その縄を令月の背中に向けて、思いっきり叩き付けた。

あまりの勢いに、令月は床に水天直下。

気づいたときには、令月は床にひれ伏し、その背中にすぐりが足を置いていた。

…。

あまりの早業に、目が追いつかなかった。

ただ、分かったことは。

「試合終了。勝者、花曇すぐり」

イレースが、無情にそう告げた。

俺達に分かったことは。

勝ったのはすぐりで、負けたのが令月だということだけだ。

…速過ぎて、何が起きたのか、正確に把握出来てないが…。

…すぐりの、勝ちなんだよな?

やっぱり、二人の実力は拮抗して…。
  
「…違いますよ」

「え?」

彼らの試合を見ていたナジュが、ポツリと呟いた。

違うって…何が、

と思ったら。

「ふんっ」

「痛い」

「あ、こらお前ら!」

試合は終わったのに、すぐりは令月の背中に乗せた足を退かさず。

それどころか、より強く踏みにじった。 

試合終了だっての。イレースの言葉、ちゃんと聞いてたか?

「こらこら、やめなさいすぐり君。勝ったんだから良かったじゃない。強かったよ」

シルナがそう言って、すぐりを宥めた。

確かに強かった。文句なく強かった。

俺だって、お前とは勝負したくないよ。

まず足場が怖くて、一歩も動けない。

それなのに。

「こんなので勝ったって、何にも嬉しくない。馬鹿みたい」

え?

「もう終わったからいーよね?俺は畑に帰る」

…畑に帰るってお前…。

すぐりはようやく、令月の背中から足を退け。

そのまま、スタスタと稽古場を立ち去った。

…すぐり…?

「一体どうなってるんだ…?」

負けたのなら、悔しくてあんな態度になるのもおかしくないが。

何で、勝者のはずのすぐりが、へそを曲げているんだ?

「令月、大丈夫か?」

床に這いつくばる令月に、手を差し伸べる。

「うん」

「背中突き飛ばされてたけど、痛くないか」

「ちょっと痛い」

やっぱり。

「えっ、怪我したの令月君。見せてごらん、私が治すから」

と、シルナ。

制服を捲ってみると、令月の背中は赤く腫れていた。

あの馬鹿。やり過ぎだろ。

「あわわわ、痛かったね、大丈夫大丈夫。すぐ治すからね」

シルナが、慌てて回復魔法をかける。

すると、背中の腫れはみるみるうちに引いた。

良かった。

「あの馬鹿…。怪我させるなんて」

「別に大したことないよ」

令月が大したことなくても、俺達にとっては大したことなんだよ。

それに、すぐりのあの態度。

「あいつ、めちゃくちゃ不機嫌だったけど…。どうしたんだ?」

「…さぁ…分かんない…」

令月にも、よく分からないらしい。

令月に分からないなら、俺達に分かるはずが…。

「それが分かるんですよね〜、天才イケメン教師の僕には」

「…読心ハレンチ教師の間違いだろ」

…で?

その自称イケメン教師は、すぐりの不機嫌の理由が分かるのか?
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