神殺しのクロノスタシスⅢ
ナジュの読心悪癖には、毎度閉口しているが。

こういうときは、実に役に立つよな。

超不機嫌なすぐりに、どうして不機嫌なの、と聞いたって。
 
絶対答える訳がない。

「ナジュ君。すぐり君はどうしちゃったの?」

「気に入らないって言ってたけど…。『八千歳』は何が気に入らなかったんだろう?」

そういえば、言ってたな。

何かあの試合で、気に入らないことでも?

「それはですね、令月さん。あなたが手加減してたからですよ」

「…え?」

…手加減?

令月が?

「令月さんが手加減してるのが、気に入らなかったんです」

「令月…。お前、手加減してたのか?」

もしそうなのだとしたら…それはあんまりだぞ。

すぐりは、あくまで真剣勝負を望んでいたのに。

手を抜かれ、わざと「勝たせてもらった」んじゃ、負けるより気に食わないだろう。

しかし。

「いいえ、羽久さん。令月さんは別に手加減してたつもりはありません。大体、手加減したという意味では、すぐりさんも同じですしね」

何だと?

「回りくどいですね…。もっと分かりやすく説明しなさい」

と、こめかみに皺を寄せるイレース。

女王陛下の怒りを買うと怖いぞ、ナジュ。

「はいはい、分かりましたって…。つまりですね、すぐりさんは『試合』じゃなくて、『殺し合い』のつもりで戦ってたんです」

「…!?」

…何?

「…僕、『八千歳』に殺されるところだったの?でも、それにしては殺気が全然…」

「そう。殺意はありませんでしたね、お互いに。だからこそ令月さん、あなたも…戦ってる間ずっと、違和感を感じてましたよね」

「…!」

違和感…だと?

令月が?

「違和感…。言われてみれば…確かに、そうかもしれない」

「あなた方が互いに戦闘訓練をするのは、今日が初めてじゃありませんよね。恐らく『アメノミコト』にいたときも、何度か手合わせはしたはずです」

「うん。したよ」

…だろうな。

「でもそのときは、お互い殺すつもりでやり合ってた。勿論、こんな木刀じゃなくて、本物の真剣と、向こうも実戦通りの毒魔法を使って」

「…」

「まぁ、本当には殺さなくても、どちらかが瀕死になるまでは、監督官からのストップは掛からなかった。そうですよね?」

「…うん」

今回の、イレース主催の勝負試合では。

俺達教師陣が、揃って見守る中で行われ。

どちらかが、流血沙汰の怪我を負いかねない状況になったら…すぐにでも止めに入るつもりだった。

だが、『アメノミコト』での戦闘訓練は、そんな生易しいものではなかった。

互いに骨を折ろうが、血を流そうが、意識を失うまで戦わされた…。

「頭では分かっていても、戦ってるうちに、無意識に思い出したんでしょうね。すぐりさんは」

「…」

「そして令月さん、あなたも思い出したんですよね?」

「…僕も?」

「何度か迷ってたじゃないですか。どう動いたら良いんだろう、って。あなたらしくもない」

「…」

ナジュの言葉に、令月は言い返さなかった。

つまり、それが本音なのだろう。

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