神殺しのクロノスタシスⅢ
…何となく、話が見えてきた。

そして、それが大層胸糞悪い話だということも。

「この試合は、あくまで『練習試合』。殺し合いじゃない。でもあなた達は今まで、殺し合い前提以外の戦闘訓練をしたことがない。だから迷った。無意識に手加減をしてたんです」

「…当然じゃありませんか。私は、殺し合えなんて一言も言ってません。あくまで殴り合って交遊を深めろと言っただけです」

と、イレース。

「イレースさんの言い分は分かります。実は僕も、こいつら殴り合わせた方が仲良くなるんじゃないかな〜って、思ってましたから」

お前もイレース脳かよ。

「まぁ、思いの外あの二人、性知識がなかったんで、僕は前世に倣って、二人に伝授した訳ですけれども…」

「あわあわあわあぁぁぁ、その話は良いから!」

思い出させるな。

シルナがパニクってるだろ。

「でも、まさかこんなことになるとは…」

「…でも、僕、手加減したつもりはないよ?」

令月が言った。

「知ってますよ。あなたは本気で戦ってるつもりでした。けど…それはあくまで、イレースさんの条件下での本気、ですよね?」

「…?」

「つまり、『アメノミコト』でのいつもの戦闘訓練…殺し合いのつもりだったら、あなたの動きは、さっきのそれとは全く別物だったはずでしょう、ってことです」

「…!それは…」

…そうか。

そういうことか。

ようやく察したよ。

「殺そうと思えば殺せたはずです。木刀でも。殺せる瞬間がいくつもあった。糸で足止めされてた?それが何ですか。いつものあなたなら、そんなもの力魔法で強引に全部断ち切って、その勢いですぐりさんの首を獲っていたでしょう?」

「…」

無言は、肯定の意だ。

「すぐりさんも、その点同じなんですけどね。令月さんを殺そうと思えば殺せた。令月さんを床に叩きつけたあの一撃、あれに毒を塗るなり、もっと糸の強度を増すなりすれば、今頃令月さんは、腰から下が泣き別れでしたよ」

そうなってただろうな。

お互い手加減してたから、この程度で…令月の背中が腫れるくらいで済んだ。

でも、これが『アメノミコト』での戦闘訓練だったら。

すぐりは身体を引き裂かれていただろうし、令月も令月で、骨を叩き折られた上に、毒に悶え苦しんでいただろう。

「戦闘訓練と言えば、いつもの殺し合いしか知らないから、令月さんは躊躇してた。どう立ち回ったら良いのか、どう動けば…『すぐりさんに怪我を負わせずに済むのか』なんて、いつもは全然考えもしなかったことを、考えてた」

「…うん」

それが…令月の迷い。違和感の正体。

いつもなら、殺すつもりで動けば良かった。

でも殺してはいけない、怪我をさせてはいけないと条件をつけられると。

途端に、戦うのが難しくなってしまう。

令月は、どうやったらすぐりを怪我させないように戦えるかを考え、そのせいで動きが鈍り。

すぐりは、そんな令月の迷いを察し、「手加減されてる」と思った。

手加減されてる戦いに、意味などない。
 
だから、あんな不機嫌に…。

「とはいえ、すぐりさん自身も気づいてたんですよ?自分が手加減しながら戦ってるってことに」

「すぐりも…?」

「だからこそ、腹が立ったんでしょう。自分も手加減しなきゃいけない上に、常にライバル視してる令月さんも、自分に手加減をしている。手加減だらけの戦いに意味なんてない。何より…ライバルが、自分に手加減しながら戦ってることに、耐えられなかった」

「…」

「すぐりさんは、誰より令月さんの手のうちを知ってますからねー。余計『手加減されてる』ことが分かって、ムカついたんでしょうね〜」

…成程ね。

いつもの令月なら、ここで突っ込んでくるはずなのに、自分が怪我するかもと案じて、突っ込んでこない。

それはつまり、自分を舐めてるってことじゃないか。

そう思って、気に入らなかった訳ね。

「全く…。私は殺し合えなんて一言も言ってないのに。勝手に勘違いして、勝手に不機嫌になって…。面倒な子ですね」

イレースまで不機嫌だよ。どうするの。

「まぁ…仕方ないよ。お互い無意識の行為だったんだし」

そんなイレースを、シルナが宥めた。

そうだな。こればかりは仕方ない。
 
そういう環境で育ったのだから。

お互い試合を始めたら、昔の記憶が蘇ってきてもおかしくない。

ましてやすぐりは、ずっと令月を越えたいと思っていたのだから。

そんな相手に手加減されてると知れば、腹が立つのも仕方ない…。
 
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