神殺しのクロノスタシスⅢ
「だって、羽久せんせーはヴァルシーナの洗脳魔法、確実に受けてるんでしょ?だったら今、羽久せんせーが羽久せんせーである保証は、何処にもないよね?」

「…それは」

「本当はヴァルシーナなのに、羽久せんせーのフリして喋ってるだけかもしれない」

「それは違う!…と…思う」

そう、言ってみても。

すぐりの言う通り、信用してもらえる要素がない。

信用出来ないのは分かる。

俺だって、自分は今、羽久・グラスフィアだと思ってるけど。

もしかしたら、自分を羽久・グラスフィアだと思い込んでるだけの、別の人格かもしれない。 

そんな人格を、ヴァルシーナに無理矢理作らされたのかもしれない。

…だから、寝たフリして黙っていたのだ。

この状況で、俺の言うことなんて、何の信憑性もない…。

すると。

「…それを言うならすぐりさん、あなたも信用ならないのでは?」

俺と同じく横になったままの、ナジュが言った。

「えー?何で?」

「だって、あなたがまた『アメノミコト』にいたとき、ヴァルシーナのそこにいたんでしょう?知らないうちに、ヴァルシーナの洗脳を受けていてもおかしくない」

「あー…。うん、確かにそうかもねー…」

「ついでに言うなら、彼女がいつ洗脳魔法を会得したのか知りませんが、『カタストロフィ』で少なからず時間を共有した僕も、充分危ないですよね」

洗脳容疑者、多数。

「と言うか、そんな便利な魔法があるなら、まずいの一番に、憎き学院長にかけるのでは?」

「…その可能性も高いね」

更に容疑者増名。

「あー、もう、やめだやめだ」
 
互いに、疑心暗鬼に陥っていたところを。

ジュリスが、手を叩いて諌めた。

「全員何らかの洗脳を受けた可能性がある。勿論俺も含めて。今はそれで良いだろ?確かめる術なんてないんだから」

「それは…そうだけど」

「こうしてお互い疑心暗鬼に陥らせるのも、ヴァルシーナの策だろう。敵の罠に、みすみすかかってどうする。信用出来る証拠はないが、疑いをかける証拠もない。今は、何はともあれ信用しよう。お互い洗脳にはかかってないと信じよう」

…ジュリス…。

「でなきゃ話が進まない。イレース、厄介事二つ追加だ。ヴァルシーナが洗脳魔法を使えること、それから洗脳にかかってるのが誰か分からなくて、判別方法も分からないこと」

「今、書いてます」

キュキュッ、と音を立てて、イレースはマーカーを動かした。

「そんな簡単に済ませて良いの?」

と、令月。

「良いんだ。お互い疑いまくってたんじゃ、話が進まない」

「でも、また後ろから刺されるかもよ」

暗殺者組は、やはりまだ疑り深いか。

組織の中でさえ、騙し騙され、裏切り合いが横行していた『アメノミコト』からやって来た故の性分か。

「そのときはあれだ…。躱せ」

暴論。

それは暴論だよ、ジュリス。

「成程」 

納得するのかよ。

「ま、いつ背中を撃たれるかもしれないって状況は、『アメノミコト』で散々味わったしね〜。今更って感じだよね」

「僕達裏切り者だしね。ヴァルシーナじゃなくても、『アメノミコト』の刺客に、いつ狙われてもおかしくない」

…暗殺者組は、肝が据わってるな。

大人顔負けだ。

「はい!僕は不死身なので、狙うなら僕の背中を狙ってください」

「…お前は大丈夫だよ…」

つーか、ナジュ。

ヴァルシーナだって、その辺分かってるっての。

お前を攻撃しても、さしたる意味はない。

精々、数時間の時間稼ぎにしかならない。

あとナジュが狙われるとしたら、今回のような読心魔法潰しか…。

「…それより、羽久さん」

「ん?」

厄介事を、ホワイトボードに羅列し終えたイレースが。

くるりと、こちらを向いた。
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