神殺しのクロノスタシスⅢ
「…何だと?」

「何度言っても同じだ。儂が貸すのは、『終日組』の暗殺者五人のみ。それ以上の戦力を寄越すつもりはない」

…この男。

白々しいことを…。

「契約と違う。我らが敗北した以上、互いに戦力を集結し、イーニシュフェルト魔導学院に攻め込む…。その手筈ではなかったのか」

そういう契約だったはずだ。

それを今更になって、覆そうとは。

何を考えている?

「誰が、全戦力を貸してやると言った?儂の目的は、裏切り者二人の始末と、シルナ・エインリーのみ。こうなった以上、今ルーデュニア聖王国そのものに手を出す気はない」

「…」

「所詮、貴様とは目的が違う。利害が一致しているというだけの話。貴様の故郷の内輪揉めに、組織の命運を懸けてまで付き合ってやる義理はないわ」

…そうか。

薄汚い暗殺者集団は、やはり信用に値しなかった。
 
「…交渉決裂か。私が貴様に洗脳魔法をかけるかもしれないとは、考えなかったのか?」

鬼頭の後ろに控えていた、黒子のように顔を隠した暗殺者達が、爆発的な殺気を放った。

それが何だと言うのだ。

あんな、己の意志すら持たない人形のような暗殺者など、恐れるに足りない。

しかし。

「五人はやる、と言っただろう。それでは気に入らんか」

「当たり前だ、その程度の戦力で、奴らを仕留められるはずが…」

「随分弱気だな、イーニシュフェルトの娘よ」

…何?

「儂らのことなど、どうせ薄汚い暗殺者組織としか思ってなかったのだろう。その組織の戦力を借りることに、何の抵抗もないのか」

「…」

「成程、形振り構ってはおられんということだな。まぁ、好きにするが良い。ここで儂と手を切って孤独に戦うも、僅かながらでも儂とのパイプを繋いでおくも、貴様の自由よ」

そう言って。

もう話は終わりだというように、鬼頭は私に背を向けて立ち去った。

鬼頭の姿が見えなくなるなり。

私は、思いっきりテーブルを殴りつけた。

「くそっ…!」

どいつもこいつも。

誰も彼も。

『カタストロフィ』も、『アメノミコト』も。

使えない奴らばかりだ。

誰一人、イーニシュフェルトの里の、崇高な使命を果たそうとしない。

「あるべき世界」の重要性を、理解しようとしない。

貴様ら有象無象が、何故今、平穏に暮らせていると思っている。

我ら一族が命を投げ出し、「あるべき世界」を望みながら、無念の思いで死んでいったからだ。

どうして、その無念を晴らさずにいられようか。

どうしてその無念を晴らさずに、死者達に顔向け出来ようか。

どうして…。

「…所詮畜生共には理解出来ない。イーニシュフェルトの里の、崇高な理念は」

…背後から、聞き覚えのある声がした。

「…レーヴァテインか」

憎き羽久・グラスフィアと、全く同じ容姿と、全く同じ声をした女。

現状、私の唯一の味方と言って良い存在だ。
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