神殺しのクロノスタシスⅢ
「…これで分かった?」

「ぐ…うぅ…」

ヴァルシーナは、顔が軋むほどに歯を食い縛った。

「君じゃ、何年、何千年、何万年研鑽しようが、私には敵わない。私には勝てない。この世を『あるべき世界』に導く?おこがましい。私に出来なかったことが、君に出来るはずがない」

…全く。

言い返すことが出来ないほど、見事な正論だな。

「君が世界を正さなくたって、自由に生きたって、一族の誰も君を責めはしないよ。私が責められるだけだ。君には自由が許されている」

「…」

「それでもヴァルシーナちゃんは、私の同胞だ。唯一残された、私の故郷の同胞。だから殺すつもりはなかったし、今も殺そうとは思わない…。…だけどね」

シルナは腰をかがめて、ヴァルシーナと視線を合わせ。

初めて、ヴァルシーナに向かって殺気を向けた。

シルナが誰かに殺気を向けるのは、珍しいことだ。

俺でさえ、ゾクッとした。

あの冷たい目を向けられているヴァルシーナは、どんなにか恐ろしいことだろう。

「私を狙うのは構わない。でも、おかしな組織に手を貸して、おかしな魔法に手を染めて、私の仲間と、私の大事な…世界で一番大切な二十音を、これ以上傷つけてもらうと…困るんだよね」

「…!!」

ヴァルシーナは、泣き出しそうになるのを必死に堪えながら、杖を握り締めた。

…逃げ出さなかっただけ、立派なもんだよ。

「帰りなさい。私を憎むのも、殺したいと思うのも自由。だけどこれ以上、君自身の命を脅かすのはやめなさい。私を…あまり、怒らせない方が良い」

…そうだな。

俺も、思い知った気分だ。

しかし。

「ゆ…る、さない」

ヴァルシーナは、よろよろと立ち上がった。

「例え一族の全員が私を許そうと…お前を野放しにすることを許そうと…。私が許さない。私の誇りが…お前を許さない」

「そう」

大した執念だな。

「なら精々、次は私を怒らせないように復讐することだね」

「ぐ…!」

ぐうの音も出ない、って奴か?

ぐうって言ってるけど。

「さぁ、そろそろ私の優秀な仲間達が、君のお粗末な『お仲間』を倒した頃かな」

…そうだと良いのだが。

ってか、そうでないと困るのだが。

イレース達は、令月達は、無事だろうか。

「君達も帰りなさい。今日のところは見逃してあげる」

「…良いのかよ」

これには、さすがの俺も口を挟まずにはいられなかった。

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