神殺しのクロノスタシスⅢ
こうして。

俺は不本意ながらも、令月と共に、園芸部の畑にやって来た。

イーニシュフェルト魔導学院に、園芸部が出来たのは去年のこと。

故に、俺はまだ園芸部の活動場所に、足を運んだことはなかった。

今日が初めてだ。

どうやら、何故かすぐりは園芸部に入り浸りのようなので。

多分すぐりの前世は、農家か百姓だったんだろう。

まぁ、生徒が自分で作った園芸部だ。

多分、育てやすいミニトマトとか、ラディッシュとか、その程度だろう…と、

思っていたら。

トマトどころじゃない。ナス、とうもろこし、枝豆、カボチャ、きゅうり、ピーマン等々。

普通に、本格的な畑が出来上がっていた。

これには、さすがの俺もちょっとびびった。

園芸部の部員って、あのツキナって子と、すぐりしかいないんだろ?

よく二人だけで、こんな立派な畑を作ったもんだ。

そりゃ、一日でも手入れを怠ったら大変だよ。

「畑だけじゃないよ。花壇も凄く綺麗に育ててあるから、丁寧に世話しないと」

と、令月。

「マジかよ…あいつら、魔導学院じゃなくて、農業学校行けば良かったのに…」

自分の生徒だが、思わずそう言ってしまうレベル。

「うっかり踏んだりしたら、『八千歳』に二時間は追い回されるから。気をつけてね、羽久」

「…」

マジで俺、すぐりを寝に帰らせるんじゃなかった。

危うく命落としそうなんだけど。

元『終日組』の暗殺者に、二時間追いかけ回されて。

逃げ切れる自信ないぞ。俺。

「と、とにかく…水やりすれば良いんだろ?」

「うん。でも野菜の種類によって、あげる水の量が違うんだって」

あー…えーと。

そういうのあるんだっけ?

「それと、同じ野菜でも、品種によっても育て方が違うから…」

「マジかよ…。職人じゃねぇか…」

魔導師やめて、農家としてやっていけそう。

いや、それでもこの程度じゃ、本職の農家には鼻で笑われるレベルなんだろうけど。

少なくとも、魔導学院の部活でやるレベルではない。

「僕も、さらっと教えてもらっただけだから。『八千歳』はもっと色んなこと知ってるよ」

「へぇ…」

「『八千歳』は凄いよね。学院に来て、まだ半年にもならないのに…。もうすっかり、学院に馴染んで。偉いなぁ」

「…」

じょぼぼ、とじょうろで野菜に水をやりながら。

ポツリと呟く令月。

…。

「お前も、ちゃんと馴染んでるじゃないか」

俺の目から見たら、お前も充分、立派なイーニシュフェルト魔導学院の生徒だぞ。

ただ、ちょっと風変わりだってだけで。

しかし、令月は。

「…」

しばし無言で、野菜に水をやり続け。

じょうろに二杯目の水を汲んでから、くるりとこちらを振り向いた。

「羽久」

「うん?」

「これ、こんなこと言ったら『八千歳』は怒るから、『八千歳』には言わないけど、羽久には言うよ」

「何を?」

「『アメノミコト』の頭領は、僕を贔屓して、『八千歳』のことはほとんど無視してたけど…。…それって、もしかして頭領にとっては、別にどっちでも良かったんじゃないかって。最近思った」

…!?

どっちでも良かった、って…。

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