神殺しのクロノスタシスⅢ
「『八千歳』…。すぐり君のことだね?」

「すぐり…。そんな名前なの?」

あぁ。

令月は、同僚の本名を知らないんだっけ。

秘密主義って奴は、本当に面倒臭い。

「花曇すぐり。彼の本名だよ」

「…そうなんだ…」

「…」

令月とすぐりの付き合いが、何年になるのか知らないが。

今になって初めて、お互いの本名を知ったんだもんな。

相変わらず、『アメノミコト』のやり口は不愉快だ。

「『八千歳』は生きてる?」

「生きてるよ」

「『アメノミコト』に返すの」

「まさか」

返したら、殺されるのは分かりきってる。

シルナが返すはずがない。

「じゃあ、聖魔騎士団に連れてくの」

「問題です、令月君」

「…」

「以前、『アメノミコト』の暗殺者が学院に攻めてきたことがありました。その子は今、何処で何をしているでしょう?」

シルナの、突然の問いかけに。

令月は、無表情のまま少し考え。

「…ルーデュニア聖王国の国籍をもらって、イーニシュフェルト魔導学院の生徒にしてもらって、ここにいる」

「正解」

他ならぬ、自分のことだからな。

分からないはずがない。

「じゃあ、もう一人『アメノミコト』の暗殺者が攻めてきました。その子はどうなるでしょう?」

「…打ち首拷問?」

シルナがずっこけそうになっていた。

何でそうなるんだ。

お前は、発想が過激過ぎる。いつものことだが。

「不正解。君と同じです。君と同じく、イーニシュフェルトの生徒になります」

「…」

ぽやん、としている令月。

もっとこう、驚いた反応はないのか。

えっ!とか、そうなの?とか。

「…『八千歳』も、イーニシュフェルト魔導学院の生徒になるの?」

「うん。君より一つ年下だから、同級生ではないけど」

「本人が了承したの?」

「してくれたよ。自分はもう負けたから、好きにしてくれって。だから、存分に好きにさせてもらうことにした」

それで自分の学院に入れてるんだから、本当甘いと言うか何と言うか。

まぁ、野放しにしておくには危険過ぎる人物だから、仕方ないのかもしれないが。

かといってジャマ王国に返しても、殺されるのは目に見えてるし。

だったら、目の届く範囲で保護した方が良い。

「…本当に?不死身先生は、『八千歳』の心を読んだの?」

「読みましたよ。特に他意はないようでしたが」

「…」

「と言うか、あなたに負けた敗北感でいっぱいでした。負けたんだから、もうどうにでもなれって感じで」

「…そう…」

…?

「何か気になるか?」

「…ううん」

あ、そう…。

ナジュがちゃんと心を読んでるから、安心して良いと思うが。

何より。

「我がイーニシュフェルトに来たからには、もう大丈夫!暗殺なんてさせないし、新しい人生を生きてもらう。嫌だって言ってもそうしてもらう。私がそうさせる」

シルナは、きっぱりとそう宣言した。

…だな。

シルナの手元にいる限り。

嫌でも、真っ当な道を歩かせてみせる。

令月が、そうであるように。

すぐりもまた、幸せになる権利を持って、生まれてきたのだから。

< 67 / 822 >

この作品をシェア

pagetop