神殺しのクロノスタシスⅢ
「…っ」

不埒者共は、一瞬にして怯んだ。

俺が見せたのは、襟の裏側につけていたピンだ。

聖魔騎士団魔導部隊大隊長であることを示す、国章が入った、青い薔薇のエンブレム。

この国で、特に優秀と認められた魔導師だけが、つけることを許される特別な印。

知らない者はいないだろう。

これで分かったか?

四人で束になってかかってこようと、まるで勝てる相手ではないことが。

ついでに言うと、お前らがナンパしようとしてる女も、同じエンブレムをつけてるんだがな。

「に、偽物だ。パチもんだ…!」

「ほう?」

まぁ、いくらでも模造品は売られてるからな。

何なら、子供向けの玩具付き菓子にもついてる。

だが。

この純銀のエンブレムが、パチもんだったとしたら…随分精巧に作ったもんだな?

「良いぜ。これが本物か偽物か…試してみるか?」

「…!」

ほんの少し、殺気とも言えない、怒気を放ってやっただけで。

腰抜けのナンパ集団は、

「い、行くぞお前ら」

「あ、あぁ」

蜘蛛の子を散らしたように、さっさと逃げていった。

…本当に腰抜けだな。

返り討ちに遭う覚悟もせずに、ナンパなんかすんなよ。

「やれやれ…」

困った奴らだ、と思いながら。

ベリクリーデを振り返ると。

「…遊びに連れてって欲しかったな…」

おい。

俺はたった今、お前を窮地から救い出した訳だが?

感謝こそされど、不満を言われる筋合いはないぞ。

「あのなぁ、ベリクリーデ…」

これだから、人の悪意ってもんを知らない奴は。

いっそ、もう放っとこうかと思ったが。

ベリクリーデは、これで顔だけは美人なのだ。

今日は、俺が傍にいたから良かったようなものの。

一人のときに、あんな輩にまた絡まれたら。

…あぁ、想像したくない。

間違いなく、ホイホイついていくことだろう。

そうなってからでは遅い。

「あいつらはな、お前を誑かして、疾しいことをしようとしてたんだよ」

「…?何で?遊びに行くって言ってたよ?」

そりゃあいつらにとっては、遊びかもしれねぇが…。

「とにかく!世の中には良い奴もいるが、悪い奴も大勢いるんだからな!知らない人に、ホイホイついていくんじゃねぇ。分かったか?」

「うん。ジュリスがそう言うなら」

宜しい。

「じゃ、そろそろ帰るぞ」

これ以上ここをうろうろしてたら、またベリクリーデが行方不明になるか。

さっきみたいな輩に、狙われないとも知れない。

「うん」

素直に頷くベリクリーデを連れて、俺は聖魔騎士団隊舎への帰路を急いだ。
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