神殺しのクロノスタシスⅢ
「じゅ、ジュリス大隊長!す、すぐに来てください」

「何だ、どうした?」

血相を変えた部下の、青白い顔と震える声に。

ただならぬものを感じた俺は、矢継ぎ早に尋ねた。

「何があったんだ?敵襲か?」

現在、ルーデュニア聖王国は、隣国ジャマ王国と睨み合いの状態にある。

戦争一歩手前、とまでは行かずとも…。

どちらかが、何らかの形で大きなトリガーを引けば、すぐにでも争いが勃発しかねない緊張状態にはある。

そして、ジャマ王国と本格的に争いになったとき、真っ先に警戒されるのは、ここだ。

こちらも、いつそんな緊急事態に発展しても対応出来るよう、普段から対策してはいるが…。

本当にそうなったとき、訓練通り動けるかと言ったら、それはまた別の話。

俺は今まで、色んな世界の色んな国で、それこそ色んな戦争にも巻き込まれてきたから。

いつ何が起きても、それなりに冷静に判断出来る自信はあるが。

ここルーデュニア聖王国は、良くも悪くも、ここ何千年にも渡って、大きな戦争はなかったと聞く。

ルーデュニアに攻め入ろうという国が、他になかったから?

いや、そうではない。

建国以来、他国と何の争いも諍いもなく、平和に中立であれた国など、世界中の何処を探したって、滅多にあるものではない。

そういう危機に陥る火種が、全くなかった訳ではなかったのだろう。

だが、火種は起きても、それが大きな火事に燃え上がることはなかった。

何故か。

直接聞いた訳ではないし、聞いたところではぐらかすだけたろうから、聞かないが。

それはひとえに、あのシルナ・エインリーが、自らの「楽園」を守る為に、火種を消していたからだ。

イーニシュフェルト魔導学院という、国内にある一つの学院の長でしかない彼が。

実は、ルーデュニアの中も裏も牛耳り、密かに手を回すだけの力があることを、俺は知っている。

そういうしたたかさを持つ人間だ、あれは。

そんなシルナ・エインリーがいたから、ルーデュニアは今まで、平和であれた。

多少の小さな争いはあっても、国の趨勢を左右するような、大きな争いに巻き込まれることはなかった。

一応、国を守る聖魔騎士団なんてものはあるが。

彼らは確かに優秀だし、実力もある。それは認める。

しかし、国があまりに平和過ぎた為に、良くも悪くも「経験」が足りない。

そこは、俺が最も憂慮している点だ。

訓練と実戦は、まるっきり別物だ。

天と地ほどの差があると思って良い。

学校の避難訓練なんか、良い例だろう?

訓練のときは、「授業潰れてラッキー」なんて思いながら、クラスメイトとこそこそおしゃべりしながら、校庭に避難するだけの「イベント」でしかない。

しかし、本当に何らかの災害に遭ったとき。

ラッキーなんて思わない。クラスメイトと青白い顔を浮かべ、頭は真っ白で、ただ本能的に助けを求めて、自分の助かる道を必死に探す。

今俺の目の前にいる、この魔導師のように。

「そ、それが…」

「落ち着け。何があった?冷静に報告しろ」

「は、はい」

有事だからこそ、冷静であれ。

焦って狼狽えて、得することなんて何もない。

「その…べ、ベリクリーデ大隊長が」

「…ベリクリーデだと?」

ある程度、予期していたこととはいえ。

彼女の名前を聞くと、さすがの俺も、冷静を保つのは難しかった。
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