神殺しのクロノスタシスⅢ
…で。

「お前は何やってんの?」

そんな二人を、止めるでもなく仲裁に入るでもなく。

ただ黙って、ぼんやり眺めている男がいる。

最近、お得意の読心魔法に弱点があることを晒された、ナジュ・アンブローシアである。

「え?いや、仲睦まじいなぁと思って、微笑ましく眺めてます」

これの何処がだよ。

「喧嘩するほど仲が良い、って言うでしょう?」

「喧嘩どころか、これは殺し合いだ」

喧嘩のレベル越えてるぞ。

シルナが見たら、きっと腰を抜かし、

「二人共~、来たよ~遅れてごめ、はぇぇぇぇ!?」

…本当に腰を抜かしてた。

「…コントみたいな腰抜けですね」

ナジュが、ポツリと呟いた。

言うな。

「ど、ど、ど、どうしたの二人共!?何やってるの?何やってるの令月君!」

「親睦を深めようと思って」

「何処が!?じ、じゃあすぐり君は!?何やってるの!?」

「害虫を駆除しようと思って」

「何この二人!全然噛み合ってない!」

安心しろ。

俺もそう思った。

「そしてナジュ君!」

「何ですか?」

「君は何でこれを止めないの!?」

「学院長がこの有り様を見たら、腰を抜かすかなぁと思って」

「成程ね!君だけは通常運転で、逆に安心したよ!」

全くだな。

「とにかくやめなさい!君達!今すぐ喧嘩をやめなさい!」

「喧嘩って…。人聞きの悪い。僕はただ、命を守る行動をしてるだけだよ」

令月の方は、そうだな。

防御しかしてないもん。

しかし。

「そうだよ、人聞き悪いね〜。俺はただ、害虫から身を守ろうとしてるだけだよ」

「お前は駄目だ」

お前の言い分は通らないぞ。

お前は攻撃してる側だからな。

「もうっ!もうやめなさい。ワイヤー攻撃しない!」

シルナは、すぐりのワイヤーに触れた。

瞬間。

「ぴゃあぁぁぁぁっ!!」

シルナが、雷に打たれたような衝撃を受けていた。

「あ、それ触ると痺れるよ」

けろっ、として言うすぐり。

「さ…先に…い、言って欲しかっ…た…」

シルナ、息も絶え絶え。

良かったな。毒じゃなくて。

「ちなみに、僕は知ってました」

こちらもまた、けろっとして言うナジュ。

「…悪魔だな、お前は」

知ってたんなら、教えてやれよ。

「えへへ。ありがとうございます」

褒めてはねぇよ。

駄目だ、もうこの部屋。

まともな奴が、一人もいねぇ。

すると、そこに。

「騒がしいですね、何をやって…」

イレースが、書類の束を持って学院長室に足を踏み入れた。

が。

「…」

親睦を深めると言う名の、ワイヤー攻防戦を繰り広げる二人と、

そのワイヤーのとばっちりを受けて、床に伸びているシルナ。

を、楽しそうに鑑賞しているナジュ。

と、真顔でそれを見つめている俺。

それぞれを順番に、数秒ずつ眺めて。

「…日を改めます」

バタン、と部屋の扉を閉め、出ていった。

…イレース。お前は賢い。

そして相変わらず、血も涙もない鬼教官だ。

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