神殺しのクロノスタシスⅢ
「桔梗谷…?」
もう、何人目になるだろう。
トラーチェの駅周辺で、歩いている人を捕まえて。
俺は、「桔梗谷という場所を知らないか」と尋ねた。
聞き込みというのは、簡単なようで、実はそう楽な仕事ではない。
この人のように、こうして、足を止めてくれるだけ良い。
大半の人が、セールスかキャッチか、怪しげな宗教勧誘か何かと勘違いして。
俺が声をかけても、「急いでるから」と足早に歩き去っていくか。
俺の声が聞こえていないフリをして、無視してさっさと通り過ぎていってしまう。
俺はもうこうして何時間も、駅の周辺で聞き込みを続けている。
クュルナは今頃、トラーチェにある一番大きな図書館で、桔梗谷に関する資料集めに奔走していることだろう。
そしてエリュティアと、エリュティアの護衛役の無闇は、駅周辺から桔梗谷に至るまでの、ベリクリーデの『痕跡』探しをしている。
…俺が、一番役に立ってないことをしているような気がするが。
人の噂は、意外に無視出来ないほどの重要な情報であることも、少なくない。
無駄に長生きな経験上、俺はそのことをよく知っている。
火のないところに、煙は立たないのだ。
人の噂というものは、誰かの耳に伝わり、それが人の口からまた人の耳へと伝わり、その人の口からまた、誰か別の人の耳へと伝わる。
情報の末端を掴み、その大元を辿れば。
いずれ、桔梗谷の在処についても辿り着く。
そう信じて、俺は聞き込みを続けている…。
…の、だが。
「あんなの、伝説でしょう?」
スーツ姿の女性は、半ば馬鹿にしたように笑って言った。
…やはりそうか。
何人かの人に、同じ質問を投げかけてきたが。
大抵の人は、似たようなことを答える。
だから、いちいち落胆したりはしない。
「じゃあ、桔梗谷について詳しく知っている人は?どなたかご存知じゃありませんか?」
「さぁ…。そんな伝説、今時信じてる人なんていませんよ」
「そうですか?誰かが噂してるのも聞いたことはありませんか?いつのことでも良いです」
俺がしつこく食い下がると、その女性は少し迷惑そうな顔をした。
実際、今の俺は彼女にとって、迷惑な存在なのだろう。
一日のうちの貴重な時間を、こんな下らない質疑応答で使いたくないのだろう。
その気持ちは、よく分かる。
でも俺達にとっては、今この瞬間が、何より貴重な時間なのだ。
「そうですねぇ…。今時そんな噂を信じてるのは、お年寄りくらいじゃないですか…?」
「お年寄り、ですか」
「うちの、昔亡くなったお祖母さんが、たまに言ってましたよ。良い子にしてないと、桔梗谷の人が来て、生き神様にされてしまうよ、って」
…生き神様…。
「私が知ってるのは、それくらいですね」
「そうですか…」
「…もう良いですよね?」
折角立ち止まって、話に付き合ってくれた貴重な人材だ。
正直、もう少し食い下がりたいところだったが。
女性はもう、すぐにでも行ってしまいたい素振りを見せていた。
…これ以上は無理だな。
「はい。ありがとうございました」
俺はそう判断して、せめて愛想の良い笑顔を浮かべて、女性に一礼した。
彼女は、振り向きもせずに立ち去っていった。
もう、何人目になるだろう。
トラーチェの駅周辺で、歩いている人を捕まえて。
俺は、「桔梗谷という場所を知らないか」と尋ねた。
聞き込みというのは、簡単なようで、実はそう楽な仕事ではない。
この人のように、こうして、足を止めてくれるだけ良い。
大半の人が、セールスかキャッチか、怪しげな宗教勧誘か何かと勘違いして。
俺が声をかけても、「急いでるから」と足早に歩き去っていくか。
俺の声が聞こえていないフリをして、無視してさっさと通り過ぎていってしまう。
俺はもうこうして何時間も、駅の周辺で聞き込みを続けている。
クュルナは今頃、トラーチェにある一番大きな図書館で、桔梗谷に関する資料集めに奔走していることだろう。
そしてエリュティアと、エリュティアの護衛役の無闇は、駅周辺から桔梗谷に至るまでの、ベリクリーデの『痕跡』探しをしている。
…俺が、一番役に立ってないことをしているような気がするが。
人の噂は、意外に無視出来ないほどの重要な情報であることも、少なくない。
無駄に長生きな経験上、俺はそのことをよく知っている。
火のないところに、煙は立たないのだ。
人の噂というものは、誰かの耳に伝わり、それが人の口からまた人の耳へと伝わり、その人の口からまた、誰か別の人の耳へと伝わる。
情報の末端を掴み、その大元を辿れば。
いずれ、桔梗谷の在処についても辿り着く。
そう信じて、俺は聞き込みを続けている…。
…の、だが。
「あんなの、伝説でしょう?」
スーツ姿の女性は、半ば馬鹿にしたように笑って言った。
…やはりそうか。
何人かの人に、同じ質問を投げかけてきたが。
大抵の人は、似たようなことを答える。
だから、いちいち落胆したりはしない。
「じゃあ、桔梗谷について詳しく知っている人は?どなたかご存知じゃありませんか?」
「さぁ…。そんな伝説、今時信じてる人なんていませんよ」
「そうですか?誰かが噂してるのも聞いたことはありませんか?いつのことでも良いです」
俺がしつこく食い下がると、その女性は少し迷惑そうな顔をした。
実際、今の俺は彼女にとって、迷惑な存在なのだろう。
一日のうちの貴重な時間を、こんな下らない質疑応答で使いたくないのだろう。
その気持ちは、よく分かる。
でも俺達にとっては、今この瞬間が、何より貴重な時間なのだ。
「そうですねぇ…。今時そんな噂を信じてるのは、お年寄りくらいじゃないですか…?」
「お年寄り、ですか」
「うちの、昔亡くなったお祖母さんが、たまに言ってましたよ。良い子にしてないと、桔梗谷の人が来て、生き神様にされてしまうよ、って」
…生き神様…。
「私が知ってるのは、それくらいですね」
「そうですか…」
「…もう良いですよね?」
折角立ち止まって、話に付き合ってくれた貴重な人材だ。
正直、もう少し食い下がりたいところだったが。
女性はもう、すぐにでも行ってしまいたい素振りを見せていた。
…これ以上は無理だな。
「はい。ありがとうございました」
俺はそう判断して、せめて愛想の良い笑顔を浮かべて、女性に一礼した。
彼女は、振り向きもせずに立ち去っていった。