神殺しのクロノスタシスⅢ
…とはいえ。

今の俺は、このルーデュニア聖王国を守る聖魔騎士団の一員だ。

そしてここは、辺境の地ではあるが、れっきとしたルーデュニアの土地。

ここにいる人々は、決して傷つけてはいけない。

だから、外にいるクュルナやエリュティア、無闇も。

武器を手に襲ってくる村人達を、無力化させるだけで。

擦り傷以上の傷をつけたりはしていない。

あくまで俺達の目的は、ベリクリーデの奪還なのだ。

それ以上、この谷の人々に干渉する気はない。

「…ベリクリーデは、ルーデュニア国籍を持つ一人のルーデュニア人だ。生き神様なんかじゃねぇ。それを拉致して監禁して…って言うんなら、あんたら全員、罪に問われることになるぞ」

「つ、罪だと?我々には、そんな脅しは…」

「脅してるつもりはねぇよ」

彼らは長年、ここで暮らしてきた。

ここ以外の場所なんて、ほとんど知らない者ばかりなのだ。

そんな人間に、王都の文明や法律を説いても、理解は出来ない。

誰だってそうだろう。

自分達が生まれた世界しか知らないのなら、その世界にある法律が全てだ。

ルーデュニアの法律なんて、知ったことではないだろう。

だが。

「…なぁ、あんた達、前の生き神様とやらを失って、もう何年経つ?」

「…何?」

「百年か?二百年か?その間、谷には何か影響があったか?生き神様がいない間、衣食住に困ったことがあったか?」

いい加減、気付けよ。

生き神様なんて、お前達には必要ない。

「お前達の求める『生き神様』は、もうこの世の何処にもいない。谷から出れば、魔力を使える人間なんて、珍しくもないんだからな」

「…!」

お前達にとっては、青天の霹靂かもしれないが。

一歩この谷を出れば、世界には秩序と、文明と、法がある。

彼らには申し訳ないが、ルーデュニアにいる限りは、それに従ってもらうことになる。

ましてや、何も知らない女性を勝手に拉致して、谷の中に閉じ込めるなど。

人権無視も甚だしい。

「…今回ばかりは、大目に見てやるが」

大人気ないとは思いながら。

ベリクリーデを痛めつけてくれた、せめてもの「お礼」だ。

「次、また無辜の女を拉致してみようもんなら…」

また、ベリクリーデを付け狙ってくるようなら。

「…ただで済むと思うなよ、手前ぇら」

俺の殺気に、谷の人々が震え上がって腰を抜かしたのは、言うまでもない。
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