神殺しのクロノスタシスⅢ
「えぇと…。木くずを集めて、棒を手で擦る…?」

説明書を読みながら、錐揉み式の火起こしセットを前にするベリクリーデ。

あーあ…。またハードル上げやがってあいつ…。

マッチでもライターでも良いだろうに、何でわざわざ、あんな高い技術を要する火起こしセットを買うのか…。

まぁ、十中八九あの本のせいなんだろうけど。

とりあえず、口を挟まずに見ていると。

「…よし、この棒を手で擦れば良いんだ」

間違ってはないんだろうが、凄く雑な判断を下していた。

そりゃ確かに擦れば良いんだが、しかし一点集中で、しかも高速で、粘り強く擦り続けなければならない錐揉み式。

火起こしの方法はいくらでもあるが、その中でも非常にハードルの高い方法を、ベリクリーデは選択している。

そして。

テントですら5分で脱落したベリクリーデが、上級者でも難しいと言われている錐揉み式の火起こしに、成功するはずもなく。

「よし、擦ろう」

ぐりぐりぐりぐり、と5秒くらい擦って。

「…?つかないなぁ」

当たり前だろ。

錐揉み式で、5秒で火がついて堪るか。

しかもあんな低速で。

素早く、とか書いてないのか?そこまで読んでないのか?

「もうちょっと速くするのかな」

おっ、良いところに気づいたぞ。

ベリクリーデ、お前もやればでき、

「…あ」

「あ」

思わず、俺も声が出た。

高速で擦れば良いと判断したベリクリーデは、棒に力を入れ過ぎたらしく。

擦っていた棒が、ポッキリと折れた。

…火起こし、終了。

「…」

「…」

…まぁ、お前にそれが出来るとは思ってなかったから。

むしろ、通常運転で安心したくらいだ。

しかし。

「…しょうがない、ジュリス」

「ん?」

マッチかライターでつけよう、と言うのかと思ったら。

「生肉で食べよう」

俺の予想の斜め上を行っていた。

生肉にそのまま齧り付くとか、ワイルドにも程があるだろ。

「あのなぁ、ベリクリーデ…。生肉食べたら腹壊すだろ…」

「だって、火がつかないんだもん」

「マッチかライターを使えよ」

「?本に書いてなかったよ?」

マジで本格キャンプなんだな。

あくまで、自分で火起こししなければ意味がない、と。

…はぁ。

仕方がない。

ここは、また俺が一肌脱ぐとしよう。
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