神殺しのクロノスタシスⅢ
で、その二日後。

いつもの、放課後学習会にて。

令月は、小さなケーキボックスを持参して現れた。

よし、頑張ったな令月。

そして令月は、そのケーキボックスを手に、てこてことすぐりのもとに寄っていって。

すぐりに、声をかけた。

「『八千歳』」

「断る」

まずこいつらは、会話を成立させるところから始めた方が良いのかもしれない。

しかし、令月はへこたれない。

「今日は、『八千歳』にプレゼント持ってきたよ」

「…は?」

怪訝な顔をするすぐり。

「桜餅作ってきた」

「何で?」

「僕が好きだから。『八千歳』も食べるかなと思って」

「えっ。令月君、桜餅好きなの?それは知らなかった!でも桜餅より、チョコレートやマカロンの方が美味し、もごもごもご」

「ちょっと静かにしてような、シルナ」

お前の趣味嗜好なんて聞いてないんだよ。

聞かなくても、よーく分かってるしな。

あと、二人が親睦を深めようとしているところを、邪魔するな。

「だから作ってきた。食べよ」

偉い。

凄く偉いぞ、令月。お前は頑張った。

しかし。

「冗談でしょ。『八千代』の手作りなんて、何が入ってるか分かったもんじゃない」

「…?餅米と小豆だけど」

多分、そういう意味じゃないと思うぞ。

「とにかく、『八千代』の手に触れたものを、口に入れたくないね」

ひでぇ。

令月、お前は泣いて良い。

だが、令月は俺の予想の上を行っていた。

「そう言うと思って、ちゃんと厚手のゴム手袋をつけて作ったから。僕の手は触れてない」

食中毒対策、万歳。

「一昨日一度作って味見して、昨日改めて作ったから、味も悪くないと思うよ」

令月…お前。

ごめんな、半年前、変わり者とか言って。

お前がこんなに良い奴だとは。

それだけ、令月もすぐりと仲良くしようという気持ちが強いんだな。

すぐり、今度はお前がそれに応える番だぞ。

「はい」

小さなケーキボックスを開けると、アルミカップに入った、ピンク色の桜餅が四つ。

…桜餅作り二度目とは思えない出来。

普通に美味しそうだ。

これならすぐりも、食べてくれるはず。

案の定。

すぐりは、アルミカップを一つ、手に取った。

よし。あとはそれを一緒に食べるだけ、

と、思ったら。

あろうことか。

すぐりは、令月お手製の桜餅を口に入れることなく。

令月の顔面に、べちょっとそれを投げつけた。

な…。

シルナも、俺も、呆然。

令月だけが、驚きもせずにぽやんとしていた。

「ねぇ、ちょっと夢見過ぎなんじゃない?」

すぐりの声には、殺気すらこもっていた。
< 83 / 822 >

この作品をシェア

pagetop