Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―
prologue
シューベルトの妻《1》
音鳴。音を鳴らす、と書いてネメと読む。変な名前だと、自分でも思う。
どうしてこんな名前にしたのとわたしの爪を切っているママに尋ねたら。
だってあなたはピアニストになるんですもの。パパ以上に、有名な……ね。
小学生だったわたしに、容赦することなく、決めつけるように言い放ったっけ。
無意識のうちに、彼女の敷いたレールの上を緩行していた。毎日毎日ピアノ漬け。友達と遊ぶ暇なんか滅多になかった。爪が伸びたらすぐに切るし、手が荒れたらいけないからと家庭科の調理実習では皿洗いをすることができなかった。外出時は季節問わず手袋着用。いくらなんでもやりすぎじゃないかって思ったのは、中学に入ってから。
だけど、コンクールで賞を取る度に、後戻りできなくなる。この道しかないと周囲が騒ぎ立てる。
評価されることは喜ばしいことなのに、苦しかった。わたしの未来の可能性が、無視されているような気がして。
もしかしたらこれが、反抗期のはじまりだったのかもしれない。
つめやすりをかけられて、不揃いな長さの爪を強制的に整えるかのように生きていたわたしが最初に起こした小さなクーデター……それは。
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