Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―
はじめての夜を過ごした朝に「愛の挨拶」を弾いたのは時期尚早だったかもしれない。
あれは身分違いの恋人たちが、両親の反対を押し切り結ばれたときの喜びを捧げた曲だ。俺はネメにきちんとした求婚すらできていない。身体だけでも繋げられればあとはどうとでもなる、などという双子の弟たちの助言はまったくもって役に立たないことを思い知っただけだった。
当然だ。彼女の心は亡くしたばかりの夫に傾いているのだ、本来なら時間をかけてゆっくり俺の方へ導く必要がある。
……だというのに、俺の厄介な立場がそれを許さない。
――紫葉不動産グループの子会社たる紫葉リゾートの新社長は、前妻の娘から地位を奪った平民の後妻の息子だ。得体のしれない若造が社長になるとは、何事だ!
義父は俺が独断で義姉を陥れ、紫葉リゾートの肩書を譲らせたことに疑いを持っている。義姉が買い取り予定だった“星月夜のまほろば”だけでなく管理人の邸宅とピアノまで買った俺の暴挙に釘を刺してきた。これ以上ピアノを購入する資金はないぞ、と至極当然のことを。
管理人の屋敷はともあれ、三台のピアノまで会社の経費で購入するとは思いもよらなかったのだろう。とっとと売りに出せと言われたが、ネメが大切にしていたピアノを売ることなどできるわけがないと俺は頑なまでに拒み、義父から匙を投げられた。