Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―
屋敷の応接間に、須磨寺の骨壷は置かれたままだ。昇天記念日に合わせて納骨の儀式を教会墓地で行う手はずになっているが、ネメはここ数日応接間にある峰子のピアノでショパンばかり弾いていた。夫に聴かせているのだと淋しそうに笑った彼女を見たら、俺の醜い嫉妬の感情は溶けて消えてしまった。臨終の際にもショパンの「別れの曲」を弾いたのだという。ネメが奏でた切ない旋律を前に、俺はなんともいえない気持ちに陥った。「妻」になることを彼女自身が受け入れた男に勝つには、どうすればいいのだろう。
「アキフミ?」
「まだまだ前途多難だな……お前を俺の花嫁にするのは」
俺が呟いた弱音は、彼女の耳元まで届かなかった。
届いていたら顔を真っ赤にして「愛人でいいんです」と即座に言い返しただろうから……