Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―

「――調律師の資格を取りながら会社の手伝いしてたんだから仕方ないだろ。俺だって経営の勉強はしてる……実務経験が乏しいだけで」
「そこをカバーできる秘書はどうしたんだい? 東京本社にいるんだろ?」
「まぁ、な。トラブルがあれば向こうから連絡が来るから問題ないはずだ。なんせここは紫葉リゾートが重視している現地だからな」
「ネメちゃんの相続が終わるまで他のプロジェクトを凍結させそうな勢いだものな……」

 その執念深さは尊敬に値するよと紡が苦笑を浮かべ、ぽかんとしているわたしに声をかける。

「ネメちゃん。相続税申告書を提出するには被相続人の戸籍謄本、死亡診断書、住民票など必要書類をたくさん用意する必要があるのはわかってるよね?」
「その辺は添田さんにお願いしているけど……遺言書だけが夫に隠されているから、いまは先に進めないってことですよね」
「だろうね。ヒントは何か言っていなかった?」

 わたしと紡が互いに真剣な表情で向き合っている横で、アキフミがつまらなそうに呟く。

「屋敷のなかではない」
「ってことは“星月夜のまほろば”の五棟の建物のどこかに隠されているの?」
「別荘地のどこか、だろうな。広大すぎて俺も見当がつかないが」
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