Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―
彼は紫葉リゾートのやり方にはいい顔をしていないが、アキフミ自体には悪意を持っていないのだな、ということがこの一ヶ月でなんとなく理解できるようになった。彼がわたしを強く求めていることに疑問を感じているところもあるみたいだけど……
「実はね。マスコミから見捨てられた悲劇のピアニストが喜一さんの後妻になったっていうから、どんな性悪女かと思ったんだ。アキフミまで彼の死の翌日からこの屋敷に住みついているし」
「……性悪女って」
「ごめんごめん。訂正するよ。実際の君はとても慎ましやかで素敵な女性だ」
「褒めても結婚しませんよ」
「レイヴンくんがこの場にいたら喜びそうなことを言うね」
「そうですか?」
別にアキフミと結婚すると言ったわけでもないのに、なぜ紡は嬉しそうな顔をしているのだろう。わたしが首を傾げると、彼はふいに表情を曇らせて、淋しそうに呟く。
「レイヴンくんが君にご執心なのは痛いほどわかったんだけど、ネメちゃんは何を恐れているの? この先結婚しないで亡き夫の土地とピアノを守るのに余生を過ごすの? たったひとりで?」
「……それは」