Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―
アキフミが奏でているであろうピアノの曲名は、ドビュッシーの「月の光」だ。
寝室で弾いていても別に構わないのに、と階下から響くピアノの音色を不審に思いながら、わたしはゆっくりと部屋の扉を開く。
寝室の掛け時計は夜の二十三時を示していた。添田や住み込みの家政婦たちはほぼ、眠っていることだろう。
真夜中に響く幽玄なピアノを、アキフミが淡々と弾いている。
室内の壁紙は消音機能がついているが、窓を開けっ放しにしていたから、そこからささやかに音が漏れたのだろう。繊細な音は、わたしが応接間の扉を開いた途端、ぱたりと止む。
「――ネメ。起きてしまったか」
「相変わらず、繊細でキレイな音を出すのね」
「お前ほどじゃないさ」
ふい、と気まずそうに顔をそらして、アキフミはふたたびピアノへ指を滑らせる。
わたしはソファに腰掛け、彼の演奏に耳を傾ける。
「……さっきはすまない。身体は大丈夫か」
ぽつり、と零された彼の言葉に、夕刻の情事を思い出し、顔を赤くする。
気を失うまで責め立ててしまったことを反省しているのかもしれない。
彼を先に怒らせたのはわたしの方なのに。
わたしはこくりと首肯して、小声で呟く。
「ごめん……考えが足りなかった」