Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―
紳士的な紡なら、部屋でふたりきりになっても問題ないだろうと判断したのはわたしだ。
それに、窓と扉は開けっ放しにしていた。何かあればすぐに添田や家政婦たちが入ってこれるように。
けれど、アキフミは不安だったのだろう。自分以外にわたしに結婚を迫るいけ好かない男がなぜかわたしのピアノをひとりで堪能し、遺産相続について語っていたのだ。その場面を目撃したアキフミが、我を忘れて憤ってしまったのは仕方ないことだ。
……身体で思い知らされたわたしは、もはや元の穏やかな生活に戻れないことを悟る。こんな風に、紡に身体を許せるだろうか? 驚きはしたが、アキフミだから、ひどくされても平気だったことに気づいて、わたしは俯く。
――自分が誰の手で快楽を教え込まれたかは、こんなにも明白。
ときに激しく、やさしく、甘く求められて啼かされて。わたしは未知なる官能の海に溺れてばかりで、その奥にある彼の熱い想いから逃げていた。
それなのに初恋は叶わない、叶うわけがないと思い込んでいるわたしを嘲笑うように、アキフミは愛を囁きつづける。亡き夫が与えてくれなかった女としての悦びとともに。
「ネメ」
「紡さんから、学生時代の彼方のことをきいたわ。わたしが音大に行ってピアニストデビューした頃のこと」