Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―

「……あいつ、なんか変なこと言ってなかったか」
「シューベルトになる、って公言してたって」
「公言はしてない……けど、ライブハウスの仲間にはよく話したかもな」
「ジィンとか?」
「あー、そうだな。仁が経営するライブハウスの土地はもともと雲野のとこのだから、きっと噂に尾びれがついてとんでもないことになったんだろう」
「うわさ?」
「そ。ネメが音大に入る前後かな。俺の母が紫葉不動産のトップと再婚したことで、俺のことをやっかむ奴らが“シンデレラボーイ”なんて呼ぶようになって……そのときに俺はシンデレラなんてタマじゃねぇ、シューベルトになるんだ、って」
「なにそれ」
「お前のせいだぞ」
「わたし?」
「――言ったよな。シューベルトの妻になる、って」

 グランデュオの壮大な音楽が脳裏に蘇る。
 それは高校時代、わたしとアキフミが課題で取り組んだ連弾曲のひとつ。
 シューベルトの遺作となった四手のための演奏曲ソナタハ長調。そのなかのひとつ、十分弱の第四楽章をわたしたちは必死になって練習した。あのときのわたしは親に敷かれたレールに従うのがつまらなくて、腐った音を出しているとアキフミに叱られたんだっけ。

「……覚えてる」
「あのときから、俺はシューベルトになって、ネメを妻にするんだ、って」
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