Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―
monologue,3
唯一の愛を乞うシューベルト《1》
「おかえりなさいませ、礼文さま」
紫葉不動産東京本社ビルを出た俺を迎えに来た車のなかには、義父と、見知らぬ女性が座っていた。年齢は俺と同じくらいか、それより年下か。義父の話によると女子大を卒業したばかりの社会人一年生らしい。
馴れ馴れしく俺のことを呼んだ彼女を前に、俺は顔を顰めて義父に言い募る。
「どういうことだ」
「せっかく東京に戻ってきたのだから、お前の将来の嫁候補と逢わせてやろうと思ってな」
「多賀宮詩、と申します」
「嫁候補だと?」
「後妻の連れ子であるお前が子会社の新社長になったことは、古参たちから目の敵にされている。二十六歳の短大卒のピアノ道楽なお前がリゾート開発を指揮するなど無茶だ、とな。そこでわしはお前に嫁をあてがうことにした」
「ちょ、ちょっと勝手に決めないでください」
「創業当時からつきあいのある多賀宮商事の娘なら、奴らも反対しないだろう。詩さんは女子大の英文学科を卒業した才色兼備なお嬢様だ。趣味でピアノを嗜んでいるし、お前と話も合うのではないかと思ってな」
ハハハ、と豪快に笑う義父に殺意を覚えながら、俺は詩という名の女性へ顔を向ける。
グレーのスーツを着ているが、就職活動中の学生にしか見えない素朴な着こなしだ。
多賀宮商事といえば、紫葉不動産とも取引がある一流企業だ。関東一帯で名を轟かせる雲野ホールディングスとは異なり、そもそもの拠点が関西にあるため、全国各地に支店を持つ。詩はその多賀宮の家の次女だという。
「ホテルラウンジで詩さんの父上も待っている。今夜は四人で会食を行おうではないか」
体のいい見合いではないか、と愕然とする俺を無視して、義父は上機嫌で鼻歌をうたっていた。