Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―

唯一の愛を乞うシューベルト《2》




 東京本社で留守中に溜めていた仕事を確認し、軽井沢でできることは資料をパソコンのクラウドフォルダに入れ、それ以外の雑務を一通りこなした俺は、義父が車で来たとの報告を受け、慌てて会社を出た。
 気まぐれな義父はこちらの都合を気にすることなく会食や取引の場に連れ回す迷惑な人間である。立花が「あとはお任せを」と言ってくれたこともあり、本日の業務は定時より三十分早く終わらせることとなった。

 七月初旬の午後四時半。梅雨の晴れ間の夏の日差しがアスファルトを照り返し、むわっとした空気がスーツを湿らせる。軽井沢では感じることのない蒸し暑さに辟易しながら、俺は義父が待つ車に乗り込み、多賀宮詩と逢った。

 義父によって連れられた高級ホテルのラウンジで、詩の父で多賀宮商事の現社長の多賀宮巌が俺たちと合流する。レストランバーにて会食の予約をしているとのことで、あれよあれよという間に俺は見合い同然の席に座らされた。

 相手方の顔に泥を塗るわけにはいかないものの、騙し討ちのような義父のやり方に苛立ちも隠せずにいた。虫の居所が悪そうだね、という多賀宮の言葉に頷けば、義父の笑顔が面白いほどあからさまに引きつった。
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