Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―

「実は、礼文さんに気に入っていただけるよう、わたくし、ピアノの練習をしてきたのです。後ほど、ロビーのグランドピアノで披露いたしますね」

 そういえばホテルのエントランスから豪華なグランドピアノが見えた。利用客が自由に弾くことができるそのピアノで、彼女は俺のために弾いてくれるのだという。自信満々な彼女を前に、軽井沢に残してきたネメのことを思い出し、いまの彼女は都会の高級ホテルのロビーでグランドピアノを弾きこなすことができるだろうかと疑問が浮かぶ。
 俺の花嫁になるとはつまりそういうことだ。会社ぐるみのパーティーでゲストにピアノの演奏を披露したり、総会や会見の場で多くのひとと外交的なつきあいに否応なくかかわらなくてはならなくなる。軽井沢で穏やかに隠居したいと思っている彼女を、もう一度華やかな舞台に俺は連れ出せるのだろうか。いや、その前にネメに俺との結婚を承諾してもらって、両親をはじめ会社関係者に認めてもらう方が先になるが……

 黙り込んでしまった俺を見て、義父がにやりとほくそ笑む。

「詩さんは八年前にジュニアコンクールで入賞した経歴も持っている腕前の持ち主だぞ。礼文もきっと、気に入るはずだ」
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