Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―

   * * *


 ラウンジで引き続き食後酒を楽しみたいという義父と多賀宮に押し切られる形で、俺はホテルのスイートルームで宿泊するという詩を送り届ける役目を負わされてしまった。自信満々でピアノを演奏した彼女は、俺に自分の演奏が響かなかったことにショックを受けているようだ。あのあとラウンジでワインを振る舞ってもらった際、詩は無言でグラスを傾けていた。もともと無口な娘なのか、見合いの席だからとおしとやかに見せかけていたのかはわからないが、酒の量が増えるにつれて、彼女は饒舌になっていく。
 何がおかしいのかわからないがきゃはきゃは笑いながら、詩は自分が今日宿泊する部屋へ向かうエレベーターに乗り込み、「ようやくふたりきりになれましたね!」と嬉しそうに声を弾ませる。

「この日のために頑張って練習したのに、礼文さまったら何も言ってくださらないんですもの」
「あ、あぁ。驚いて何も言えなかったんだ」
「それなら許してさしあげますわ。だけど紫葉不動産にこんなイケメンが隠されていたなんてわたくしも驚きでした。再婚された後妻の連れ子でありながら子会社の社長の椅子に座るなんて肝の据わった男の方なのね」
「それが義父の教育方針ですから」
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