Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―
「はぁ? 何をおっしゃっているの?」
なおもしつこく食い下がろうとする詩にうんざりしながら、俺ははぁとため息をつく。
そしてエレベーターの扉を無言で閉じて、小声で毒づく。
「てめーみたいな腐った音を出す女なんて、興味ねーんだよ」
俺にはネメがいればそれだけでいい。きっと義父たちからはさんざん罵られるだろう。多賀宮の狸は娘を蔑ろにされてどう思うだろう。一度の失敗で懲りて向こうから話をなかったことにしてくれればいいが……
エレベーターで下降しながら想うのは軽井沢にいるネメのことばかり。早く見せびらかしたい気持ちと、未だ完全に自分のものにできていない現実が俺の心をざわつかせる。とっとと仕事を片して、彼女の元へ帰りたい。そして生き生きとしたリストのラ・カンパネルラを弾いてもらいたい。そして俺は弾きおわった彼女を抱きしめて、そのまま深く愛してやるのだ。
甲高い詩の声は、もはや思い出せもしない。