Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―
「社長は結婚したくないだけなのですか」
「それはどういうことかな」
「まるで、結婚を決めた唯一のひとが既にいらっしゃるように見えたものですから」
立花に言われて、俺は目を瞬かせる。
俺の傍で仕事を見守ってきた彼女は、もしかしたら気づいているのかもしれない。
「……義父には言うな」
「あら、図星でしたか」
「俺が妻にしたい女性は、軽井沢でピアノを弾いている」
それだけ言えば、彼女はああ、と納得して黙り込む。
「なぜ、章介社長にお伝えしないのです。何か問題でも」
「……そうだな。問題がありすぎる……」
ネメを妻にしたい気持ちだけが先走っている俺は、彼女の背後にある遺産相続や紡との確執、そして彼女に正式に求婚できずにいる自分に苛立っている。無理矢理手に入れたところでバツイチの元ピアニストを遺産目当てで娶ったと他社から攻撃されかねない。
どうにかしたい。けれど俺ひとりでは限界がある。だから俺は立花に告げる。
「それでも、彼女を手に入れたいんだ」
「――軽井沢で夢中になっていたのはピアノではなかったのですね」
安心しました、と立花はくすりと微笑む。そして。
「なんのための社長秘書だとお思いですか? 社長の願いを叶えるお手伝いをするのも、私の役目ですよ」